以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

読解

第五回尾崎放哉賞受賞作品を読む

第五回尾崎放哉賞入賞作品が発表になった。私が十二月に提出した〈手話の降りつもり暖かな列車/以太〉は入賞した。受賞作品のうち気がかりな句について読む。大賞の〈蝉時雨浴びて秘密基地の入り口/大川 久美子〉は蝉時雨を浴びなければ現れない秘密基地へ…

嶋稟太郎『羽と風鈴』書肆侃侃房

〈止めていた音楽をまた初めから長い時間が経ってから聴く/嶋稟太郎〉初めから聴くけれど、もしかしたら止めたときの記録や栞のような痕跡が残っていたのだろうかと思わせる。〈やがて森の設計図となる旅客機が東の空にともされてゆく/嶋稟太郎〉飛行機の…

荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』書肆侃侃房

〈さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに/荻原裕幸〉その空白は決して虚しくない。〈ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖/荻原裕幸〉「夏の外側」という疎外感がなじむ。〈皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたり…

柴田葵『母の愛、僕のラブ』書肆侃侃房

〈そとは雨 駅の泥めく床に立つ白い靴下ウルトラきれい/柴田葵〉ウルトラは広告宣伝の強調のための文句だったのかもしれない。異常なほどの低視線がある。〈紫陽花はふんわり国家その下にオロナミンC遺棄されていて/柴田葵〉オロナミンCに実存感が出る。…

鷲谷七菜子「花寂び」『現代俳句体系第十五巻』角川書店

〈寒林の奥にありたる西の空/鷲谷七菜子〉西は仏教的な西方浄土だろう、そこへ辿り着くには寒林をぬけるしかない。明暗の対照がある。〈流し雛に水どこまでもうす明り/鷲谷七菜子〉鮮烈な「うす明り」の表現。〈孕み鹿のうなづき寄るも重まぶた/鷲谷七菜…

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

〈病棟に孤独の落ちてゐた朝はいちまいの楓のやうに拾ひぬ/渡辺松男〉孤独→楓の転換が鮮やか。〈生は死のへうめんであるあかゆさにけふ青年は遠泳したり/渡辺松男〉遠泳しているかのような息継ぎのような生として捉えた。〈こゑのうらこゑのおもてとひるが…

江戸雪『昼の夢の終わり』書肆侃侃房

〈白雲がとてもまぶしい春の日にあなたと椅子を組み立ててゆく/江戸雪〉組み立てるのはなんでもいいけれど、椅子なのがいい。居場所ができるから。〈ストライプの日傘をさして川へゆくときどき風が胸をぬけつつ/江戸雪〉大阪の運河と少し日の強すぎる町並…

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

〈癌のなかにゐずまひ正してきみはありゐずまひはかなし杏子のかをり/渡辺松男〉医師は杏林ともいう。最後の「杏子のかをり」の調べにクラっと来る。〈死後の永さをおもひはじめてゐるわれはまいにち桜はらはらとちる/渡辺松男〉数十億年の孤独に。〈黒煙…

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

週刊金曜日の金曜俳句に〈短調の隣より漏る室の花/以太〉が載っていた日、『雨る』のⅠを読む。〈ゆふかげはわが身を透かし地にあれば枯蟷螂にすぎぬたましひ/渡辺松男〉枯蟷螂に自分を仮託する、その自分、ことわが身は夕影に透けているという。危うい自己…

渡辺松男『寒気氾濫』書肆侃侃房

〈約束のことごとく葉を落とし終え樹は重心を地下に還せり/渡辺松男〉落葉で樹の重心が変わるという発想が哀しくも冬めく。〈アリョーシャよ 黙って突っ立っていると万の戦ぎの樹に劣るのだ/渡辺松男〉人が木より勝るとしたら話し動くがゆえに。〈捨てられ…

黒瀬珂瀾『ひかりの針がうたふ』書肆侃侃房

巨大な箱に入っていた『ひかりの針がうたふ』を読む。〈しばらくを付ききてふいに逸れてゆくカモメをわれの未来と思ふ/黒瀬珂瀾〉今の自分という本質がもしあるならそれを逸れてゆく実存がカモメということか。〈海のいづこも世界の喉と思ふとき雲量8は7…

立花開『ひかりを渡る舟』角川書店

〈セーラー服色のチューブを探してる一気に塗ってしまいたくなり/立花開〉セーラー服を着ていることの煩わしさなどがあるのだろう、だから一気に片付けたい。〈セーラーを脱いだら白い胸にある静かな風をゆるす抜け道/立花開〉も。谷間だろうか。風音が爽…

塩見恵介『隣の駅が見える駅』朔出版

未明、『隣の駅が見える駅』を読んだ。〈リポビタンDの一滴昭和の日/塩見恵介〉ヒロポンにせよリポビタンDにせよ、昭和はそんなまがいものじみた薬物で動いていた。〈ゴールデンウィークをアンモナイトする/塩見恵介〉巣ごもりの日々である。〈のりたま…

吉田隼人『忘却のための試論』書肆侃侃房

目が覚めてしまった午前三時に『忘却のための試論』を読む。〈旋回をへて墜落にいたるまで形而上学たりし猛禽/吉田隼人〉決して幾何学ではない、まず見えもしない。〈枯野とはすなはち花野 そこでする焚火はすべて火葬とおもふ/吉田隼人〉生と死は表裏であ…

佐佐木幸綱「群黎」『現代短歌全集』筑摩書房

〈海岸の跡地へ梅雨の星降れり/以太〉が麦誌上句会テーマ「海岸」の特選になっているのを確認した日、「群黎」を読む。〈何を聴く耳密林を繁らせてアフリカの地図わが裡にある/佐佐木幸綱〉アフリカの耳はいま砂漠、でも密林のほうがいい。〈ボーリング場…

山階基『風にあたる』短歌研究社

『風にあたる』を読む。〈ヘアムースなんて知らずにいた髪があなたの指で髪型になる/山階基〉髪が髪型になるとき、やさしい指がかかわる。〈真夜中の国道ぼくのすぐ先を行くパーカーのフードはたはた/山階基〉真夜中の原付を追いかける。〈二十歳でも煙草…

谷川由里子『サワーマッシュ』左右社

静岡県浜松市にも蔓延防止等措置が適用された。〈日当たりのいい公園のブランコは夜になってもギラギラしている/谷川由里子〉余熱のようにして、昼がそこだけ続いているかのように。〈ルビーの耳飾り 空気が見に来てくれて 時々ルビーと空気が動く/谷川由…

江戸雪『椿夜』砂子屋書房

磐田市中央図書館で借りた『椿夜』を読む。〈思い出す旅人算のたびびとは足まっすぐな男の子たち/江戸雪〉確かに算数の文章題に女の子はあまり出てこない。〈水平な音のながれる冷蔵庫君はわたしを忘れつづける/江戸雪〉冷蔵庫の「水平な音」とは何なのか…

伊藤一彦『微笑の空』角川書店

磐田市中央図書館で借りた『微笑の空』を読む。〈いつよりか男もすなるごみ出しをわれも励めり当然として/伊藤一彦〉新時代を生きるために必要なこと。〈兵役を経ずに六十代になりたりとゴミの袋を出しつつ思ふ/伊藤一彦〉も。〈鉛筆の尖りて赤し 憎しみに…

小林理央『20÷3』角川文庫

五歳から十五歳までの歌とのこと。〈道ばたのポストの口は今までに何回手紙を迎え入れたの/小林理央〉「おまえは今まで食べたパンの数を覚えているのか」とポストに言われそう。〈人間が生まれて初めて見る空とさいごに見る空おんなじ青かな/小林理央〉そ…

奥田亡羊『亡羊』短歌研究社

磐田市中央図書館で借りた『亡羊』を読む。〈宛先も差出人もわからない叫びをひとつ預かっている/奥田亡羊〉そして、ときどき誤配したりする。〈のどかなる一日を死者よりたまわりて商店街のはずれまで行く/奥田亡羊〉慶弔休暇だろう。悼むべきだが少し心…

石川美南『砂の降る教室』書肆侃侃房

折込チラシと段ボールで七夕飾りを作った日、『砂の降る教室』を読む。〈親知らずの治療控へてゐるごとき夕立雲を見上げをるなり/石川美南〉不安と郷愁と逃亡癖とが積み重なったような夕立雲だろう。〈半分は砂に埋れてゐる部屋よ教授の指の化石を拾ふ/石…

榊原紘『悪友』書肆侃侃房

※ 二読目です。(一読目)でも諸事情により書き終えらなかったので、途中まで載せます。 観念への憧れがある。実際の名は実体を表さないし、表された実体も歪で観念には至らない。 五千年後の語彙を想像してみてよ ティースプーンでスコーンを割る 榊原紘 な…

千葉聡『微熱体』書肆侃侃房

雨続きで滅入る日、『微熱体』を読む。〈教科書など鞄の底に押し込んで夏は海辺のホテルでバイト/千葉聡〉本の形がはみ出た鞄を持って毎朝海へ通う、光り。〈コンビニまでペンだこのある者同士へんとつくりになって歩いた/千葉聡〉創作に手を染めた罪深い…

穂村弘『シンジケート』講談社

〈別件の顔をしてくる会社員/以太〉が麦誌上句会テーマ「別」特選になっているのを見た日、『シンジケート』を読む。〈郵便配達夫の髪整えるくし使いドアのレンズにふくらむ四月/穂村弘〉郵便配達夫にメイルマンとルビ、そういう時代もあったのだろうか。…

『鈴木裕之俳句集』昭和年間、海坂発行所

昭和年間の句を読む。〈栗園に花の渦まく農学部/鈴木裕之〉○学部の句は好き。〈真菰刈りて月に火星の隣り合ふ/鈴木裕之〉真菰生ふ川から天の川、宇宙を連想する。〈明日登る峰尖りをり吊し柿/鈴木裕之〉筆柿だろう。〈島々に民話多しや枇杷熟るる/鈴木裕…

津川絵理子『夜の水平線』ふらんす堂

新静岡の百町森へ行った日、『夜の水平線』を読む。〈受話器置く向かうもひとり鳥渡る/津川絵理子〉電話で気持ちは渡る。〈若狭より電気の届くふきのたう/津川絵理子〉原子力発電所とふきのとうの形状について。〈橋脚は水にあらがふ夏燕/津川絵理子〉夏…

金子兜太『詩經國風』角川書店

〈おびただしい蝗の羽だ寿ぐよ/金子兜太〉蝗は飢饉を招きかねない。でも寿ぐ、自然のありのままの動きとして受け入れる大きさ。〈雲も石もいない山なり現存す/金子兜太〉ただ山としてそこにある。〈月が出て美女群浴の白照す/金子兜太〉と〈渚辺に若きら…

工藤玲音『水中で口笛』左右社

新聞社から電話のあった日、今や渋民村の工藤玲音から日本のくどうれいんになった工藤玲音の『水中で口笛』を読む。〈死はずっと遠くわたしはマヨネーズが星形に出る国に生まれた/工藤玲音〉マヨネーズの星形に宿命論を見る。設定がわざとらしくなくていい…

笹川諒『水の聖歌隊』書肆侃侃房

梅雨入りした日、『水の聖歌隊』を読む。〈ひるひなか 薄ぼんやりしたエッセイを積み木で遊ぶみたいに読んだ/笹川諒〉そんなエッセイを、たとえばトルコとかベトナムとかコロンビアとか知らない作家のエッセイをまひるに読みたい。〈呼びあってようやく会え…