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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

読解

「和紙」『林翔全句集』コールサック社

もうすぐ浜松市でポエデイがあるので全句集を読む。〈かの童まだ遠凧につながれる/林翔〉遥か感がある。大きな景色だ。〈ものの芽をうるほしゐしが本降りに/林翔〉だんだん激しくなる雨。春も深まりあたたかくなる。〈訊きかへす梅雨の電話のなほ遠し/林…

正木ゆう子『玉響』春秋社

俳諧自由として〈地虫鳴く総面積を求めなさい/以太〉を胸に『玉響』を読む。〈春眠の繊毛戦ぐ耳の奥/正木ゆう子〉親しい人の耳であろう。〈以来そこにあるヘルメット走り梅雨/正木ゆう子〉事故か何かある出来事から彼はバイクに乗らなくなった。梅雨に思…

小川軽舟『無辺』ふらんす堂

〈かつ丼の蓋の雫や春浅き/小川軽舟〉春の雪が溶け、湿り始める気配をカツ丼の蓋の裏に見つける。〈/小川軽舟〉〈春郊の道あつまりて橋一つ/小川軽舟〉いいな。道の集まって橋となる様は確かに春めいている。〈新しき街に寺なしチューリップ/小川軽舟〉…

小澤實『澤』角川書店

〈秋風やカレーにソースかけて父/小澤實〉カレーにソース、たぶん味見もせずにソースをかける父。〈雪嶺まで信号五つすべて青/小澤實〉幸先が良い。田舎なので交差する道路は車が少ないのだと分かる。青っぽい雪。〈一支線二輛往復さくら咲く/小澤實〉の…

安田中彦『定本 人類』

読んだのは2023年10月発行の、定本の方。〈新聞を踏んづけてゆく孕み猫/安田中彦〉世情を越えてゆく孕み猫であり命を産むものの強さ。〈雛段の底の臣民略さるる/安田中彦〉下の方の人ほど多くの段を買えないので臣民を多く略している皮肉。〈/安田中彦〉…

山口昭男『礫』ふらんす堂

アゼルバイジャンとアルメニアの紛争が落着したかと思ったら今度はイスラエルとガザ。第三次世界大戦も危惧されるなか『礫』を読む。〈冬鵙のゐさうな山の容かな/山口昭男〉たぶん中国地方や四国地方の山ではなく中央高地の尖っている山だ。〈手袋のその人…

千葉皓史『家族』ふらんす堂

淡々と日々。〈とんとんと事の運べる息白し/千葉皓史〉上手くいっているのはいいことだけれど、気忙しくなる。〈ま近くに駅あるらしき櫻かな/千葉皓史〉人の気配がある、街の動く気配がある。春は人が外に出て、動く。〈薔薇園のみじかき道を行きにけり/…

今井杏太郎「海の岬」『今井杏太郎全句集』角川書店

ときどき読みたくなる今井杏太郎。〈うすらひといふつかの間の水の色/今井杏太郎〉薄氷は、水というはるかな時間にとって一瞬にすぎない。〈眠るなら紅梅の散る海がいい/今井杏太郎〉水葬されるなら。〈南より北へながるる春の川/今井杏太郎〉日本海へ注…

西村麒麟『鶉』港の人

ひょろひょろと帰路。〈なつかざる秋の金魚となりにけり/西村麒麟〉懐く金魚とは? 夏飾るとも読める。〈いくつかは眠れぬ人の秋灯/西村麒麟〉首都高から見た高層マンションの灯。〈虫の闇伸びたり少し縮んだり/西村麒麟〉音の波として。〈上野には象を残…

渡部有紀子『山羊の乳』北辰社

小世界という愉しみ。〈夏休みドールハウスに世界地図/渡部有紀子〉ドールハウスに小さな世界地図がある。それを見て人形たちの旅を思う夏休みのささいな楽しみ。似た趣きは〈夜店の灯にはかに玩具走りだす/渡部有紀子〉や〈箱庭の夕日へすこし吹く砂金/…

虫武一俊『羽虫群』書肆侃侃房

〈しまうまのこれは黒側の肉だってまたおれだけが見分けられない/虫武一俊〉しまうまの黒側の肉と白側の肉が違う肉だと見分けるのは色ではない、味だ。〈自販機の赤を赤だと意識するたまにお金を持ち歩くとき/虫武一俊〉コカ・コーラの赤だろう。赤は目に…

伊藤一彦『瞑鳥記』現代短歌社

〈採血車すぎてしまえば炎天下いよよ黄なる向日葵ばかり/伊藤一彦〉赤と黄と青の色彩、採血車という危機めいた暗示。〈おびただしき穴男らに掘られいて恥深きかなまひるわが街/伊藤一彦〉工事現場だろうけど違う肉穴も想像してしまう。〈漂泊のこころもつ…

光森裕樹『鈴を産むひばり』港の人

水銀は輝く。〈疑問符をはづせば答へになるやうな想ひを吹き込むしやぼんの玉に/光森裕樹〉答えを求めて問いを発する人は、すでに答えを持っている。〈どの虹にも第一発見した者がゐることそれが僕でないこと/光森裕樹〉二番手でも三番手でも僕にとっては…

『林和清集』邑書林

第一歌集『ゆるがるれ』部分。〈父子というあやしき我等ふたり居て焼酎酌むそのつめたき酔ひ/林和清〉父子という関係の不思議さが三つの酉に現れている。〈熱帯の蛇展の硝子つぎつぎと指紋殖えゆく春から夏へ/林和清〉ふえる指紋に生き物の気配を感じる。…

山岸由佳『丈夫な紙』素粒社

蟋蟀だな。〈うすばかげらふ空に時計の針余り/山岸由佳〉残り時間をもたない虫と余った時計の針の対比がすごい。〈雪原の真下をとほる水の音/山岸由佳〉それは見えないけれど聴こえる。〈ストローを上る果肉や成人の日/山岸由佳〉狭き門より入ように成人…

岩田奎『膚』ふらんす堂

蠅について考えた。〈天の川バス停どれも対をなし/岩田奎〉上りと下りの対、宇宙と時刻表の調和のような。〈合格を告げて上着の雪払ふ/岩田奎〉胸の高鳴りを抑えて、平静を装うかのように雪を払う。〈東国のほとけは淡し藤の花/岩田奎〉深大寺と詞書。比…

斉藤志歩『水と茶』左右社

日常の道具にかすかに開かれた異世界へ。〈再会や着ぶくれの背を打てば音/斉藤志歩〉再会を喜ぶ快音が出た。〈ラガーの声ところどころは聞き取れて/斉藤志歩〉アルプススタンドからか受像機からか。ラグビーは全体を眺めるもの。〈文法書終はりに近く冬の…

『鼓直句集』水声社

この鼓直とはかのラテンアメリカ文学の翻訳者、鼓直である。〈わが胸の流氷もまた軋みおり/鼓直〉春への兆しに音を立てて軋む。〈花冷えと言うひとの手のぬくさかな/鼓直〉そんなことを言う人が隣にいるあたたかさ。〈石垣を喰い破ったか鬼あざみ/鼓直〉…

小津夜景『花と夜盗』書肆侃侃房

華麗なイメージと技の連なり。〈空蝉に棲む在りし日の青年は/小津夜景〉思念は空蝉に棲むというより、ただ蝉の声だけがある世界にその青年の虚像がある。〈脱皮したのは虹の尾をふんだから/小津夜景〉蛇族の虹の尾を踏む。〈おはやうのやうなさよなら夏隣…

所以79

L'écriture libyco-berbère et les tifinagh Tifinagh ティフィナグ文字またはティフナグ文字(wikipedia) 1月9日(月)午前、プロギング浜松の旗を浜松城公園で観た。そんなふうに土日祝に公園や路上で何か誰でも参加できるゲーム・あそび・競技をやってい…

平出奔『了解』短歌研究社

風にたよりがち。〈月末の僕は公共料金を支払うことにためらいがない/平出奔〉自動機械のように当たり前とも疑問とも思わず払う。違う生き方もあったかもしれないけれど、とりあえず払う。〈本名で仕事をやってあることがたまに不思議になる夜勤明け/平出…

所以78

すべての言語は人が携わった人工語であるという立場に立てば、自然発生的な民族語と近代国家のために整備された計画語とが対置される。 民族語か計画語かは程度の問題であり、エスペラント語はほぼ計画語、日本語の文語は民族語、明治時代以来の言文一致運動…

鈴木加成太『うすがみの銀河』角川文化振興財団

ひとつ、あるいはふたつの印象的なことばから展開される広大な世界へ少年とともにゆく。ときどき漢語を歯がゆく思った。〈ボールペンの解剖涼やかに終わり少年の発条さらさらと鳴る/鈴木加成太〉発条にばねとルビ、日常のどこにでもある光景なんだけど「少…

雪舟えま『緑と楯 ロングロングデイズ』短歌研究社

〈夜空から直接風が吹いてくる実家とは荒削りなところ/雪舟えま〉「直接」がいい。田舎の、平原にぽつんと建つ一軒家を思う。星空の下の灯とか。〈やすらぎは死後でじゅうぶんだといって君は私を妻と定めた/雪舟えま〉ファムファタール味がある。〈ヤクル…

佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』書肆侃侃房

〈土くれがにおう廊下の暗闇にドアノブことごとくかたつむり/佐藤弓生〉暗闇のなかのドアノブは、異世界と通じてぬらぬらと光るかたつむりのような冷たさと異物感とがある。〈泣き方を忘れた夜のこどもたち蛙みたいに裏返されて/佐藤弓生〉新生児室だろう…

栗木京子『新しき過去』短歌研究社

中立的というより詩の混沌にまで昇華できた社会詠をときどき読みたくなる。〈占領期といふ濃霧の日々ありき謀殺の文字ただ忌しく/栗木京子〉1949年国鉄三大ミステリー事件の一つ下山事件について。濃霧の日々というのが歴史感覚と合う。〈前を行く男女のつ…

春日いづみ『地球見』短歌研究社

恵まれた世代の詩という感じ。〈雁垂れの厨と厠を書き込めば図面に水音仄かにひびく/春日いづみ〉設計図面に生活がありありと再現された、水道管はまだ書き込まれていないけれど。〈国家なきクルドの民に長閑にも「お国はどちら」と聞きてしまへり/春日い…

加藤治郎『海辺のローラーコースター』書肆侃侃房

レモンが印象に残った歌集だった。〈ボディソープぬりたくっているやわらかい刃に指を滑らせながら/加藤治郎〉やわらかい刃は熱を帯びた危険な皮膚だ。〈あちこちにスイッチがあるまちがって明るくなった地球の一室/加藤治郎〉地球から一室への想像力の落…

黛まどか『北落師門』文學の森

噴水へのこだわりと季節への哀惜が感じられる。噴水は吟行地にあるのかな?〈春の旅島が寄つたり離れたり/黛まどか〉動く船を定点として航路から観察している。旅の躍動感がある。〈青空に触れて噴水折れにけり/黛まどか〉重力の存在を忘れた主観からの知…

佐藤弓生『薄い街』沖積舎

〈だしぬけに孤独のことを言う だって 銀河は銀河の顔を知らない/佐藤弓生〉象の背を知らない象のように向き合えない銀河の巨大さ、孤独がある。〈弥生尽帝都地下鉄促々と歩行植物乗り込んでくる/佐藤弓生〉年度末に通勤する種族は脳のない植物人間のよう…