以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

読解

「凍港」『山口誓子句集』角川書店

続く梅雨に「凍港」部分を読む。〈鏡中に西日射し入る夕立あと/山口誓子〉西日と鏡に照り返された西日とで二倍明るさを強調された夕立あと。〈鱚釣りや靑垣なせる陸の山/山口誓子〉陸くが、鱚釣りなのに周囲を取り巻く山々へ着目させる景作り。〈競漕の空…

『明石海人歌集』岩波文庫

かりん糖を貰った日、『明石海人歌集』を読む。〈とりとめて書き遺すこともなかりけむ手帖にうすき鉛筆のあと/明石海人〉は〈鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ/林田紀音夫〉と並べられる。「うすき鉛筆」は世への未練か。〈大楓子油注射のときを近づきて口覆…

地図のある小説/鈴木ちはね

梅雨、流れ着くように届いた『bouquet, 2020』稀風社が郵便受箱に立っていた日、連作「地図のある小説」を読む。〈地図のある小説の良さ この世界も地図のある小説であればいい/鈴木ちはね〉地図のある小説というとファンタジー小説がぱっと思いつく。いま…

『宮柊二歌集』岩波文庫

牛乳を飲んだ日、『宮柊二歌集』を読む。〈かうかうと仕事場は灯の明くして夜深き街を旋風過ぎたり/宮柊二〉夜業のいつ果てるともない不安、心の荒涼。〈ちりぢりに空の高処をひかりつつ小鳥わたれり山は寒しも/宮柊二〉失意の地を睥睨するかのような小さ…

与謝野晶子『みだれ髪』新潮文庫

枇杷が発芽していたのを知った日、『みだれ髪』を読む。〈その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな/与謝野晶子〉いまの二十歳は子どもだけれど明治期の二十歳は年増である。その子は令和期では二十代なかばから三十歳までの感覚だろうか、…

『若山牧水歌集』岩波文庫

「死か芸術か」以降の部分をざっと読む。〈浪、浪、浪、沖に居る浪、岸の浪、やよ待てわれも山降りて行かむ/若山牧水〉山道をおりて開けた場所に出て、どうっと海が広がったのだろう。「、」は寄せて返す浪の間だ。〈なにゆゑに旅に出づるや、なにゆゑに旅…

檜葉記(一)

伊那から帰った日、現代俳句協会青年部による「翌檜篇」(19)『現代俳句』令和二年七月号を読む。「目印」より〈厚あげの断面ほどの冬銀河/珠凪夕波〉厚あげという厨のなかの卑近と銀河という宇宙規模の広大さを並べたところに興が起こる。厚あげの白さ…

「独り歌へる」「別離」「路上」『若山牧水歌集』岩波文庫

諏訪大社上社本宮と神長官守矢史料館うらのミシャグジ社を訪れた日、「独り歌へる」「別離」「路上」部分を読む。〈角もなく眼なき数十の黒牛にまじりて行かばやゝなぐさまむ/若山牧水〉あるべきもののない動物と行く寓話。漂泊の究極形だろう。〈玻璃戸漏…

「海の声」『若山牧水歌集』岩波文庫

鳶の飛ぶ諏訪湖を見ながら「海の声」部分を読む。〈白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ/若山牧水〉「青」と「あを」を書き分けたのは空と海の色の違いによるものだろうけれど、やや理屈っぽいかもしれない。俳句なら同じ漢字を使う。〈海…

玉葉和歌集の冬

都田図書館へ行ってみたくなった日、「冬」部分を読む。〈おのづから音する人もなかりけり山めぐりする時雨ならでは/西行法師〉さびしさのはてなむ国ぞ。〈神無月時雨飛び分け行雁の翼吹き干す峰の木枯らし/後鳥羽院御製〉「翼(を)吹き干す」の技巧は写…

玉葉和歌集の秋

若山牧水の「梅雨紀行」を読んだ日、「秋」部分を読む。〈尾花のみ庭になびきて秋風の響きは峰の梢にぞ聞/永福門院〉庭という近景と峰の梢という遠景とを同時に見て、聴いている。この近景と遠景を併置するのは〈我が門の稲葉の風におどろけば霧のあなたに…

玉葉和歌集の春

「春」部分を読む。〈木々の心花近からし昨日今日世はうす曇り春雨の降る/永福門院〉木々の花咲かんとする心を春雨に仮託している。そこに、作者の心もまた入りこむ。〈折りかざす道行き人のけしきにて世はみな花の盛をぞしる/永福門院〉「折りかざす」は…

二つの読層

セブンイレブン静岡東名インター店だった。浜松へ帰る水分を確保するべく伊藤園の濃い茶を手にとるとこんな句が第三十回伊藤園新俳句大賞都道府県賞として掲載されていた。 化学式雪解けの日はまだ遠い/岡元愛瑠 和歌山県賞だったのだろう。ある読層では、…

玉葉和歌集の夏と旅

叙景に徹すれば詩は永遠になると思い、『玉葉和歌集』の夏歌を読む。〈を山田に見ゆる緑の一村やまだ取り分けぬ早苗なるらん/前右近大将家教〉起伏のある緑の喜び。〈五月雨は晴れんとやする山の端にかゝれる雲の薄くなり行/今上御製〉雲と光が山の端をめ…

垂直/浅川芳直

関西現代俳句協会青年部招待作品「垂直」を読む。〈はめごろし窓へかたまる春の蠅/浅川芳直〉はめ殺しという建具の名には猥雑さと残酷さが秘められている。「春の蝿」とは言え蝿の密集はその名が秘めたものを滾らせる。いや、「春の」だからこそはめ殺しと…

「風蝕」『林田紀音夫全句集』富士見書房

句日記を寄稿したZINE「今だからvol.1」(ぽんつく堂)が届いた日、「風蝕」部分を読む。〈月光のふたたびおのが手に復る/林田紀音夫〉この前は月面にいて月光を手にかざしたの。〈松の花水より速きものを見ず/林田紀音夫〉水辺、風のない日に咲いた松の花…

「紫薇」『澁谷道俳句集成』沖積舎

枇杷の種を埋めた日、「紫薇」部分を読む。〈木の実独楽直立せねばうなされて/澁谷道〉均衡を失いはじめた木の実独楽を「うなされて」という把握の見事さ。〈肩先を秋の岬にして男/澁谷道〉故郷すべてが身体であるかのような男について。〈ほのぐらく茶漬…

「縷紅集」『澁谷道俳句集成』沖積舎

第三十一回伊藤園お~いお茶新俳句大賞の二次審査通過のお知らせが届いた日、「縷紅集」部分を読む。〈鏡拭けば廃村という春景色/澁谷道〉鏡の曇りを拭うと廃村の春の景色が映っていた。人が絶え自然の繁茂する、やわらかい景なのだろう。〈廃屋曾て雛の具…

見ると籠る

折ゝに伊吹を見てや冬籠 芭蕉 「見る」と「籠る」、つまり自分の視界を確保しながら他者の視線から身を守るような振舞い癖、この二つの相矛盾するしぐさを同時に充たす生活空間を人は好むという理論の基本を、わたしは英国ハル大学の地理学者アプルトン氏に…

山田耕司『不純』左右社

浜松市立図書館臨時休業の最終日、山田耕司『不純』左右社を読む。〈ペンギンは受話器にあらず半夏生/山田耕司〉黒と白の詩なので、受話器は黒電話となる。もちろんペンギンは受話器でもいい。〈いきんでも羽根は出ぬなり潮干狩/山田耕司〉海と空とをつな…

「桜騒」『澁谷道俳句集成』沖積舎

特別定額給付金の申請書を投函した日、「桜騒」部分を読む。〈ぬぎすてて春着へ移す夜の重心/澁谷道〉身体の重みをふと無くしたかのように脱ぐ。これは脱ぎ方についての句であり裸身が青白い。〈鮭とボサノバ喉いっぱいの夕映え/澁谷道〉鮭という魚類のも…

「藤」『澁谷道俳句集成』沖積舎

第四回円錐新鋭作品賞選考座談会にて拙作「動物園前」の〈鯛焼の影より鯛焼は剥がれ/以太〉〈遅刻してゐる外套を出られない/以太〉〈影淡きアイスクリームつみあがる/以太〉などが言及されたと知った日、「藤」部分を読む。〈グラスみな水の粒著て夏至時…

「嬰」『澁谷道俳句集成』沖積舎

軸の文音句会で〈湯切りする窓をぬぐえば柳かな/以太〉と〈道の尽きるときの音は竹の秋/以太〉が編集部のふたりの特選を、〈そらいろの帽子目深に糸柳/以太〉が同人会長選をいただいた日、「嬰」部分を読む。〈ヒヤシンス鏡の向うでも匂う/澁谷道〉虚像…

手向くるやむしりたがりし赤い花

見田宗介の『社会学入門』岩波書店に小林一茶の句として〈手向くるやむしりたがりし赤い花〉が紹介されている。この句は、顕在態と潜在態を説明する題材として、柳田国男の『明治大正史 世相篇』から見田が引用した。確かに『明治大正史 世相篇』の第一章「…

「夜の客人」『田中裕明全句集』ふらんす堂

保育園からの強気の登園自粛要請に驚く日、「夜の客人」部分を読む。〈家々の切れてつづけり浮寝鳥/田中裕明〉街のデフォルメされた景色と距離を違えたところにいる浮寝鳥について。〈一身に心がひとつ烏瓜/田中裕明〉心は烏瓜の明るさにも似て脈うつ。〈…

「先生からの手紙」『田中裕明全句集』ふらんす堂

浜松市立図書館はすでに全館休館となった。多くの飲食店が浜松市からの休業要請を受け五月六日まで営業を自粛する四月二十五日、「先生からの手紙」部分を読む。〈掛稲や音楽会の重き幕/田中裕明〉緞帳の重さにも似た掛稲の豊かさ、芸術の秋でもある。〈暗…

当間青『サーフィン共和国』松琴俳句会

風の強い日、当間青『サーフィン共和国』松琴俳句会を読む。〈カセットの音揺らし来るサマー・ギャル/当間青〉カセットはラジカセか。ギャルも二十世紀の香りがする、きっと肌は日焼けしており汗粒が浮かぶだろう。〈コインロッカーに教科書隠し秋の蜂/当…

安里琉太『式日』左右社

落花生を食べた日、安里琉太『式日』左右社を読む。〈ひとり寝てしばらく海のきりぎりす/安里琉太〉佇まい俳句とも言うべきか。実景としてありうるだけに「きりぎりす」の動詞化をほのめかされたよつうな気にもなる。〈葛咲くや淋しきものに馬の脚/安里琉…

杉田桂『摩天楼』梅里書房

全国的に緊急事態宣言な春、杉田桂『摩天楼』梅里書房を読む。〈水中花腐蝕がすすむ摩天楼/杉田桂〉水中花も摩天楼も垂直の詩である。〈六月の空は腐りて鳥こぼす/杉田桂〉空と鳥の因果が梅雨により変じた。〈向日葵を凶器にしたる少女かな/杉田桂〉鈍器…

『中拓夫句集』ふらんす堂

社会的距離を保ちながら人間ドックを受診した日、『中拓夫句集』ふらんす堂を読む。〈耳かすみをり流域は林檎園/中拓夫〉「流域は林檎園」というザックリとした景の描き方が俳句ならでは、〈赤とんぼ山の斜面の明るき墓地/中拓夫〉もザックリ。〈霧の駅冷…