以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

読解

小佐野彈『メタリック』短歌研究社

雨のなか硝子に囲まれたストリートピアノを観ながら『メタリック』を読む。〈ママレモン香る朝焼け性別は柑橘類としておく いまは/小佐野彈〉とある未知数としての柑橘類。〈セックスに似てゐるけれどセックスぢやないさ僕らのこんな行為は/小佐野彈〉繁殖…

坊城俊樹『壱』朔出版

肩がこる日、『壱』を読む。〈焼夷弾降りしあたりを都鳥/坊城俊樹〉隅田川あたりの業平の物語と戦中とが交錯する。〈出征し負傷し此処に暦売る/坊城俊樹〉靖國神社のカレンダーだろう。糊口をしのぐために暦売りをしなければならない。〈零戦といふ夏空の…

希望の音

『僕は行くよ』に〈後頭部をつめたい窓にあずければ電車の音が電車をはこぶ/土岐友浩〉という短歌が収められている。この歌で後頭部の持ち主は目をつむっている。そして骨伝導で「電車の音」を聴いている。もちろん電車をはこぶのは電気による駆動であるけ…

霏霏Ⅱ第2号

霏霏Ⅱはひひnextと読む、熊本県で創刊した季刊の俳誌。〈デジタルが雪を神話に変える村/中山宙虫〉動画に撮るときデジタルという仕組みは擬神の役割を果たす。〈柊ほろほろ けものの体温で/星永文夫〉柊の小さな白と獣の吐く息の白さの対比が美しい。〈疫…

鴇田智哉『エレメンツ』素粒社

Ⅰ 〈海胆のゐる部屋に時計が鳴る仕掛/鴇田智哉〉は〈階段が無くて海鼠の日暮かな/橋閒石〉を思う、時間の流れと海洋生物と日だまりのマッハ哲学における感覚的関数みたいな。〈分銅を置きかへて日の深まりぬ/鴇田智哉〉これも安定した感覚のかたまりであ…

飯田有子『林檎貫通式』書肆侃侃房

〈女子だけが集められた日パラシュート部隊のように膝を抱えて/飯田有子〉ただ落下するために。〈足首まで月星シューズに包まれていさえすればいさえすればね/飯田有子〉それさえあればだいじょうぶな気がするムーンスターの靴。〈オーバーオールのほかな…

第四回浜松私の詩コンクール入賞作品を読む

第4回浜松「私の詩」コンクール一般の部において「薬局にある象の遊具」という詩で浜松市長賞をいただいた。前回に引き続き2回連続の浜松市長賞である。また入賞作を読む。 小学生の部 浜松市長賞の佐野未歩「大きい小さい」は思弁的である。人間と地球と宇…

吉田恭大『光と私語』いぬのせなか座

〈いつまでも語彙のやさしい妹が犬の写真を送ってくれる/吉田恭大〉やさしい語彙のひとつとして犬の写真をもらう。〈もうじきに朝だここから手の届く煙草と飴の箱が似ている/吉田恭大〉徹夜明けか早朝覚醒のボンヤリさがわかる。どちらも口寂しさを紛らわ…

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』書肆侃侃房

〈秋の日のミルクスタンドに空瓶のひかりを立てて父みな帰る/佐藤弓生〉誰かの父であろうサラリーマンたちが牛乳を飲み干してどこかへ帰る。ミルクの語感と父のギャップが面白い。〈神さまの貌は知らねどオレンジを部屋いっぱいにころがしておく/佐藤弓生…

『県民文芸』第六十集

ふじのくに芸術祭2020こと第60回静岡県芸術祭の短歌部門受賞作を読む。静岡県芸術祭賞「転移」より〈疲れはて眼おさえる我の背をおずおずと撫ず力なき手が/勝田洋子〉、冷たいけれどあたたかい手だったのだろう。奨励賞「冷蔵庫のなかの空」はもちろん省略…

銀杏文芸賞短歌の部入賞作

「銀杏」第二十号、令和二年度海音寺潮五郎記念文芸誌に掲載されている銀杏文芸賞短歌部門入賞作を読む。最優秀賞「その日待つ」より〈このまんま落ちてゆくならこわくない屍のポーズのレッスン中に/﨑山房子〉血管瘤の手術へ向けた連作、「屍のポーズ」が…

鈴木ちはね『予言』書肆侃侃房

子規記念博物館へ葉書を出した日、『予言』を読む。〈ザハ案のように水たまりの油膜 輝いていて見ていたくなる/鈴木ちはね〉曲りくねって豪奢に輝く油膜? そういえば、まだ東京オリンピックやっていない。〈どんぐりを食べた記憶があるけれどどうやって食…

盛田志保子『木曜日』書肆侃侃房

〈泡志願少女は波にのまれゆく地に足つけてあゆめる痛み/盛田志保子〉ドキッとする。「地に足つけて」により、生活のために身を売る泡姫を思わせる。〈障子戸が開きむかしのいとこたちずさあっとすべりこんでくる夜/盛田志保子〉元気、いとこたちと遊んで…

正岡豊『四月の魚』書肆侃侃房

海際のカフェで『四月の魚』を読む。〈夢のすべてが南へかえりおえたころまばたきをする冬の翼よ/正岡豊〉はばたきはまばたきとなる。夢と空との浮遊感における相関が美しい。〈さかなへんの字にしたしんだ休日の次の日街できみをみかけた/正岡豊〉「さか…

春日井建「未青年」『現代短歌全集第十四巻』筑摩書房

海際のスナックがカフェになっていた日、「未青年」を読む。〈空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし/春日井建〉美貌は晴れか曇りか。〈啞蟬が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる渇く/春日井建〉「砂にしびれて」の詩的ふるえ…

壬生キヨム『作中人物月へ行く』白昼社

入野町にできたじゃじゃの私設図書館に入ったという『作中人物月へ行く』を読んだ。〈ああこれは昔、郵便飛行士を殺した雨と同じ甘さだ/壬生キヨム〉サンテグジュペリの死を思う。〈大切な日のため持っておくんだよいつも避けてた薄荷キャンディ/壬生キヨ…

「炎晝」『山口誓子句集』角川書店

〈手袋の十本の指を深く組めり/山口誓子〉怒りとして読めないのは手袋の手触りがあるからだ。〈秋の雲つめたき午の牛乳をのむ/山口誓子〉牛乳はちち、白さと濃さとが強調されている。〈メスを煮て戸の玻璃くもる冬となりぬ/山口誓子〉灰色の暗い寒さがあ…

吉岡生夫『草食獣第四篇』和泉書院

新年俳句大会で〈ひいらぎの花列島に雲ひとつ/以太〉が会長入選句となったと知った日、『草食獣第四篇』を読む。〈つきあがりし餅の熱さをもろばこに移すつかのま臓器おもひぬ/吉岡生夫〉外科手術で切り落とされた臓器。〈花火より帰れるひとかざわめきの…

中島斌雄「樹氷群」『現代俳句体系』角川書店

久々の休み、中島斌雄を学ぼうと思う。〈ニコライに寒月かくれ坂となる/中島斌雄〉御茶ノ水のニコライ堂、月が動いたのではなく作中主体が坂を動き月が隠れた。〈吹雪きつゝ歩廊の時計みな灯る/中島斌雄〉人工の灯が吹雪を照らす。〈手に触れしポストの口…

土岐友浩『僕は行くよ』青磁社

ただひたすらに眠い日、『僕は行くよ』を読む。〈図書館はあまりなじみのない場所で窓から見えるまひるまの月/土岐友浩〉異郷感の具象としての「まひるまの月」がややSFめいて光る。〈鉛筆の芯をするどく尖らせて「無」と書いていた西田幾多郎/土岐友浩〉…

斉藤斎藤『渡辺のわたし』港の人

中日歌壇と中日俳壇の年間賞が発表になった日、『渡辺のわたし』を読む。〈隣人のたばこのけむり 非常時にはここを破って避難するのだ/斉藤斎藤〉台風でも破れちゃう避難用扉。〈池尻のスターバックスのテラスにひとり・ひとりの小雨決行/斉藤斎藤〉池袋で…

山崎方代『こんなもんじゃ』文藝春秋

「文芸磐田」第46号の詩部門で第二位と知らされた日、『こんなもんじゃ』を読む。〈机の上に風呂敷包みが置いてある風呂敷包みに過ぎなかったよ/山崎方代〉期待はしていた。〈親子心中の小さな記事をくりぬいて今日の日記を埋めておきたり/山崎方代〉小さ…

木下龍也『つむじ風、ここにあります』書肆侃侃房

NHK俳句短歌全国大会から内定通知が来た日、『つむじ風、ここにあります』を読む。〈公園の鉄の部分は昨晩の雨をゆっくり地面に降らす/木下龍也〉そういうことがあるかもしれないと思わせる。「降らせる」が巧み。〈B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとし…

大口玲子『トリサンナイタ』角川書店

サンタクロースへ手紙が届かなかった日、『トリサンナイタ』を読む。〈筆先を水で洗へばおとなしく文字とならざる墨流れたり/大口玲子〉「文字とならざる墨」という起こらなかった未来で規定されるものの描写に興味がある。〈イースター・エッグを包む薄紙…

『東北大短歌 第6号』

事任八幡宮へ行く日、北大短歌でも東大短歌でもない東北大短歌を読む。〈魚ではないもののため海水に近しい味でこぼれる涙/青木美樺〉魚と海水は実景としてはないけれど感情の基底に流れている。〈かんたんにこわせるからだ薬局のまあるい窓に月を見ていた…

今橋愛『O脚の膝』北溟社

浜松市民文芸賞受賞者で競うBUNBUNはままつエッセイの部で入選し「浜松百撰」十二月号に「がんばる坂の家」が掲載された日、『O脚の膝』を読む。〈日本語にうえていますと手紙来て/日本語いがいの空は広そう/今橋愛〉「うえています」に羨望を感じている…

川野芽生『Lilith』書肆侃侃房

ある晴れた日、「Lilith」を読む。〈夜の庭に茉莉花、とほき海に泡 ひとはひとりで溺れゆくもの/川野芽生〉近くの白い茉莉花に遠い海音を聴くかのような思考がある。溺れるのは誰かの言葉ではなく自分のそんな思考ゆえに。〈しろへびを一度見しゆゑわたくし…

初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』書肆侃侃房

小林一茶百九十四回忌全国俳句大会高校生大学生部門で〈雲影は山までつづく夏休/以太〉が佳作と連絡のあった日、『花は泡、そこにいたって会いたいよ』を読む。〈夜汽車 ふみきりのような温もりでだめって言って抱きしめている/初谷むい〉「夜汽車 ふ」で…

奥田亡羊『男歌男』短歌研究社

淡い日、『男歌男』を読む。〈補助輪をはずせば赤き自転車の少女にわかに女めきたる/奥田亡羊〉補助輪を外すと均衡を保つため姿勢がよくなる。〈流木の流れぬときも流木と呼ばれ半ばを埋もれてあり/奥田亡羊〉流人めく扱いの流木。「流れぬときも流木と呼…

石井英彦『炎』文學の森

謹呈された『炎』を読む。〈白い電車が梅雨の山へ入ってゆく/石井英彦〉ただならぬ電車に違いない。死者を乗せるような。〈化物の国をやさしく雲の虹/石井英彦〉「化物の国」と「やさしく」は人柄のあたたかさ。〈たましいとこころ和解す瓜曲る/石井英彦…