以太以外

誤配者、俳句と詩歌と届けられない宛所

俳誌

平成三十一年度収穫祭特別選者賞

「静かな公園」

 

蘆は角ぐむ夢路をそれて鳥
マグカップのひびを漏れ出る木芽風
三寒四温体温で濡れる布
☓○ 出涸らしの恋猫となりはてている
花冷を獣の腸の光かな
花みかん青色のまま雲は割れ
○ 新聞は若葉の音をたてて雨
青梅をとびだす羽のしぶきかな
☓ 真っ青なそでを遡行の夏の川
うらがわの虹を触った隠れ鬼
水筒を鳴り響くなり旱星
郊外やメロンは皮をよこすべり
群馬県生まれの妻と扇風機
炎天や白いタイヤとなっている
ささくれの肉は西日の片隅に
○ 大人の手からひらがなの兜虫
○ 息絶える蝉を持ち上げたら小川
台風去る歌をなくした父の声
黒焦げのホットケーキは花野かな
◎ 蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで
○ 深呼吸の読点として烏瓜
○ みぞおちは海の記憶よ秋の雲
○ 短日や電池の涸れている瞳
畝高し頭に赤い羽根つけて
靴底は靴より剥がれおち枯野
○ ガソリンの漏れ出て木枯のにおう
○ しぐれては壁に凭れる煙かな
○ やわらかい音楽として暖房器
○ 噛みしめた奥歯の奥の冬木立
珈琲を挽く音へ降る霙かな

夢記

二階建ての家に住んでいる。中学二年生くらいの男女一組が居候するという。子供部屋に四つほどある学習机を傍らへ寄せ、男の子を小さな学習机で勉強させる。コルク敷のボードや骨董ものの木函が新しく置かれている。学生時代にアルバイトをしていた個別指導塾みたいだなと思う。居間はよく掃除されている。女の子は台所で料理をしている。女の子の肩越しにティッシュペーパーをとると、空を金魚が泳いでいる。腹の鱗が透明で、内容物が見える。お腹を空かせて金魚鉢から飛んだのだろう。メダカを入れた小さな円錐形の水槽を寄せると金魚はそこへ入った。

しばらくは夢を浮遊の金魚かな 以太

送盆

七月十五日、伊良湖岬から午後六時前に帰ると浜松は側溝から水が溢れんばかりの大雨。近所に曹洞宗の寺があり、山門付近に無縁墓を集めた一角がある。無縁塔の前に傘を持った男が五人立っている。施餓鬼会だろう。ゴミを出しがてら観に行く、ただし遠巻きに。無縁墓に取り囲まれた無縁塔の前に施餓鬼棚として合板を組み合わせたような木箱が設けられている。施餓鬼棚の正面を見て左手に橙色の果実が供えられている。施餓鬼棚の両脇には一対の笹が飾られ、護符や五色の札が掛けられている。施餓鬼幡だろうか。そして山門のなかでは門火として苧殻が燃やされている。次々と参拝者が来て香を手渡され、施餓鬼棚の前で焚いていく。私は用もないのに近所を一周し何食わぬ顔で寺の前を通って家へ帰宅する。

餓鬼ひとり檀家にまざる施餓鬼寺 以太

夢記

金襴緞子のカラオケルーム。少女が「この歌詞ヤバイよね」と言う。受像機の真ん中には「わたしへの森犯」と赤い文字が映される。四人の少女たちが夜の遊園地めいた、夜のサーカスめいた紅白のパラソルの下で知り合う。堀未央奈に似ている猫眼の少女は楽器が弾けない。ほかの三人はカラオケルームで歌いながら弾き奏でる。受像機には「わたしたちの森中」と歌詞が映される。ヴィジュアル系バンド森林派だろうか。場面は変わり、幼い弟と混み合った狭いショッピングモールを歩く、サービスエリアかもしれない。あるいは夜の遊園地の続きかもそれない。その混み合ったショッピングモールのなかに、さらに通勤時間帯の小田急線状態なカフェがあり、私は弟にケーキ類を食べさせないとならない。席のなかを蛇行する列に並ぶ。順番が来て、弟はココアケーキとホットチョコレートを頼む。弟に先に席を取らせる。私が注文すると狭い方形の窓口から身を乗り出した太った店員は「十分ほどお待ちください」と言う。

梅雨湿り森の中のカラオケルーム 以太

深夜

会社の鍵を忘れる。正確に述べると、会社の鍵を忘れて家へ持って帰ってしまう。鍵はそれがないと業務が滞る類いの鍵だ。昨夜午後十一時に会社からの着信履歴がある。四十度に発熱する娘の横から、午前一時半の街へ、原付二種でくり出す。新聞配達員が満載の新聞紙とともに出発する。酔狂で夜の定型詩を渡りきる。午前二時なら会社に誰かいるだろうと踏んでいたら、やはりいる。封筒にいれた鍵を密売の薬のように手渡す。空腹を覚えたので深夜営業のファミリーレストランへ寄る。駐車場で二人のラテン系の女性が、一人の日本人男性に「おやすみ」と言う。日本人男性は「オイルが真っ黒」と連呼する。ファミリーレストランの店内では、西洋古典音楽が流れる。近くの静岡文化芸術大学の女子大生二人がタブレットに何か画を描いている。私は、福島泰樹全歌集を読む。〈あじさいを水に沈めて想うことあり水底の星にあらねど/福島泰樹〉。一日だけ得した気分になり、午前四時に帰宅する。深夜の街は水底に似る。

梅雨闇のファミリーレストランに氓 以太


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紛諍

国道一号線の卸本町交差点から海とは反対側へ進むと卸商団地がある。団地がゴーストタウンとなる土日にも、団地の一角でハンバーガー屋が開いている。私は日曜日の昼下がりにハンバーガー屋を訪れる。店の前に警邏車が赤い回転灯を点けて停まる。垂れ目の男が出てきた警察官を撮影する。警察官に撮影を制止されると垂れ目の男は「あちらが私をSNSにアップすると言っているので」と言う。SNSにアップすると言った方の男が店から出てきて別の警察官と共に道の反対側へ行く。店内で私が注文したハンバーガーを待っていると警察官が入店、店主に「このお店は分煙していますか」と訊く。店主は「外は灰皿置いて、店内は禁煙。煙草の煙が嫌なら来なければいいんだ」と言う。警察官は去る。しばらくして嫌煙家が店主のところへ来て「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と言う。店主は「本当に迷惑です」と言う。嫌煙家は、女性が座っている店内のテーブルに腰かける。女性店員がサバサンドを二皿運ぶ。しかし嫌煙家はサバサンドに手を付けない。垂れ目の愛煙家もまた店主に謝りに来る。愛煙家と嫌煙家は目を合わせない。私はルートビアを飲む。

艦砲ののちは静かな夏の海 以太


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蓄膿

小学五年生のころ蓄膿症だった。蓄膿症は鼻の奥に膿が溜まる病で、鼻をかむと鼻水が臭かった。何ヶ月も耳鼻咽喉科へ通い、葛根湯だか辛夷だかという名の漢方薬を飲んで治した。
三十歳を過ぎて再び蓄膿症に罹る。保育園に通い始めた零歳児にうつされた風邪をきっかけに、咳が一ヶ月も長引く。なかなか咳がとれないので連尺町の医者にかかれば副鼻腔炎、すなわち昔の蓄膿症だと診断される。レントゲン写真を見せられる。すると鼻の軟骨が湾曲し、鼻腔も副鼻腔もすべて薄い白で塗られている。薄い白はすべて鼻汁と膿だ。「かなり重症ですよ」と言われる。薬をもらって二日は、膿が副鼻腔から溢れ出るのでよく咳き込む。特に横に寝ると、後鼻漏といって副鼻腔の膿が大量に喉へ流れ溜まるので激しく咳き込む。そのため夜は脚を伸ばせる凭れ椅子に座り、毛布にくるまって寝る。椅子で寝るのは咳で零歳児を起こさないためという理由もある。椅子で寝ると咳の発作は起こらない。そのかわり、決まって遅寝してしまう。毎朝六時に起きなければならないのだけれど、椅子で寝ると六時半や七時に目覚める。目覚めても夜をとても短く感じ、疲れが残る。薬のせいかもしれない。

蕺草や鼻先のない頭蓋骨 以太

古本

残念だと、ちゃんと思える。浜松駅の近く、旧東海道沿いにゆりの木通り商店街がある。そこで五月十九日に第二回浜松古本市が開催される。私は以外社を屋号として掲げ、素人古本屋として参加する。第一回浜松古本市は去年十月に鴨江アートセンターという屋内で開催され、第二回は商店街という屋外。午前九時にスーパーカブで乗りつけ、古本二十六冊を搬入する。ターポリンの迷彩シートを広げ、その上に古本を並べる。それから情報カードに宣伝文句と値段を書いて、それぞれの古本の頁に挟む。午前十時、二十店が準備を整え浜松古本市が始まる。宅建士セットを求めた女性を皮切りに、句集やエッセイや哲学書や小説などが次々と人手に渡る。『蠶體解剖生理敎科書』という痕跡本も女性が持ち去る。西遠女子学園の生徒が最果タヒの詩集『死んでしまう系のぼくらに』を鞄に入れて持ち帰ったときは、河合塾への通学途上にある第二回浜松古本市の立地におもしろさを感じた。計十冊の古本を頒けた十一時半、黒い雲が浜松市のまちなかへ迫る。雨が降り出す。私は迷彩シートを本の上に被せ、黒板とキッチンに避難する。いくつかの店はすでに撤収する。私は雨雲レーダーを睨みながらカレーライスを食べる。しばらくして雨が止む。私は迷彩シートを広げ直し、再び本を並べる。すでに三店しか残っていない。十二時半にはすっかり晴れる。外山恒一の『全共闘以後』初版本を含め計二十一冊頒けたとき、実行委員会から正式に中止が告げられる。古本が雨で濡れてしまった店があり、雨はいつまた降るか分からない。雨天中止となり、残念だと、ちゃんと思える。迷いのない態度で、実行委員会の面々はきびきびと跡片付けをする。段ボール箱へ残った古本五冊を入れて、私は会場を去る。

古本の彩りとして若葉雨 以太


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夢記

早く起き過ぎて薄暮のなか自転車を砂利の敷かれた旗竿地に停める。旗竿地を出ると二人の同僚らしき人物が肩を抱き合い薄暮の道を歩いている。場面が変わり、屋内で食のイベントが開催されている。十二歳くらいの男の子が椅子に座ってチョコレートアイスを食べている。その妹であろう七歳の女の子もチョコレートアイスを買い食べる。私もチョコレートアイスを買い食べるけれど「そんなにあるからいいでしょ」と言われ女の子に横取りされる。ロの字形に鮮魚店精肉店が十二ほど市場のように集まり、斜めに立てかけた鉄板でソーセージと野菜を焼いたり、塩魚や魚の干物を焼いたり、肉塊や貝を焼いたりしている。市場の脇で番をしている妻に「何か食べるか」と訊くと「いらない」と応える。また見に行くと十二ほどあった店はほとんど撤収してソーセージ数本と魚の干物ひと切れしか残っていない。時計を見ると十一時。早く起きたけれど二度寝して遅刻だと思い、慌ててスマートフォンを立ち上げようとしても画面が黒い。やっと起動しても液晶画面がずれており、端に黄色い線が見えるくらい。やっと機能しても見知らぬアプリケーションのアイコンが散らばっている。

肉魚貝焼き尽くせ蓮浮葉 以太

麦酒

「麦酒は売りません」とその人は言う。愛知県新城市鳳来寺の表参道脇に旧門谷小学校という廃校がある。その廃校でカフェ爾今主催の「スーク緑の十日間」というイベントが開催されている。スークではパンやフライパンが売られ、音楽が奏でられ、コーヒーが淹れられ、ヌメ革が彫られ、肉が焼かれ、子供が表参道沿いの音為川まで下りて川遊びをする。私は五月四日にスークを訪れる。そして、地鶏を扱う焼き鳥屋で葱間を三本注文して焼き上がるのを待つ。すると子連れの男が来て、焼き鳥屋に「麦酒を下さい」とテント奥の麦酒サーバーを指して言う。焼き鳥屋は「申し訳ありません。この麦酒は売っていないんですよ」と応える。子連れの男は「でも、それ普通の麦酒じゃないんですよね」と言う。子連れ男は事情通らしい。焼き鳥屋は「はい。掛川の地麦酒です」と言う。子連れの男の喉はおおっと唸る。そして「いま飲みたいんですれけど、駄目ですか」と言う。焼き鳥屋は「今回このイベントに新規出店している方がお酒を扱ってらっしゃるんですね。なので麦酒は売りません」と言う。焼き鳥屋のこの言葉で、男は子を連れて引き下がる。葱間は壺のタレにたっぷりと漬けられる。炭から濛々と煙が上がる。

胸奥に麦酒を隠す男かな 以太


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