- Selahattin トルコ語でサラーフアッディーン、サラディン
- 謎語画題
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ウィーナーによる「情報」の定義とは、個体が外界に適応しようと行動し たり、行動の結果を外界か らえる際に、個体が外界と交換するものの内容のことをさす。(サイバネティクス)
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・ビフォは「/」と題された論文を発表した。話はマリネッティと未来派から始まった。二〇世紀は「未来の世紀」であった。しかしそれも終わった。現在の局面は、もはや接続の時代ではなく連結の時代であり、そこに未来はもうない。サイバースペースは無限だが、サイバータイムはほとんど決定的にそうではない。(The Sadness of Post-Workerism. ポスト労働者主義の悲哀)
- 野上貴裕「シチュアシオニストの「日常生活」論」
- 潜在する無数のメディア── 社会センター運動のひらく未来
- フェリックス・ガタリがボローニャのBifoらによる自由ラジオ「Radio Alice」を「文化台風の目」と呼んだのか
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文字や数字が書かれたカードを使い、組み合わせて「しりとり」のような遊び方をするもので10種類ほどのパターンがあったという。処分を受けた消防士長が自ら作って持ち込んだ。(自作ボードゲームを強要35時間、消防士長をハラスメントで停職処分)
- ブルデューの場champ
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「文化的恣意」とは、それ自体が真理であるという客観的根拠は存在しないのに、あたかも絶対的・普遍的な真理であるかのごとく意味づけられ価値づけられた知識や教養のありようを指す。(石井洋二郎『ピエール・ブルデュー』水声社)
- 象徴的暴力
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つまりブルデューは、創造者の唯一性そのものを否定しているわけではなく、これを他の創造者たちとの相関性の網のなかに置き直し、関係論的な文脈のなかで客観的に位置確定することを通して、最終的には新たな形で再度浮上させることが狙いであると主張しているのである。(石井洋二郎『ピエール・ブルデュー』水声社)
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こうした社会状況のなかで、文学や芸術は必然的に政治権力に従属していく。(石井洋二郎『ピエール・ブルデュー』水声社)
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権力場において小説がブルジュワ的人間関係と結びつきやすく、詩のほうはどうしても反社会的なジャンルとして見られがちであったという違いも、多かれ少なかれ影響していたのかもしれない。(石井洋二郎『ピエール・ブルデュー』水声社)
- ↑ボヴァリー夫人裁判と惡の華裁判の明暗
- 文学場の自律化のためのボードレールのアカデミー・フランセーズ会員立候補、もちろん落選
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象徴資本(評判や威信)(石井洋二郎『ピエール・ブルデュー』水声社)
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特にブルデュー一流の概念である「象徴資本」を文学・芸術に適用することによって名前が広く知られることを「正統性認定力の資本」としてとらえたところに。ブルデューのブルデューたるゆえんがあると言えるだろう。(石井洋二郎『ピエール・ブルデュー』水声社)
- 芸術的年齢と前衛芸術家・化石芸術家。
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2012年に出版された彼の著作『蜂起』には、明確に今日の金融資本主義のアクターは、特定の個人、特定の企業、特定の国ではないと述べられている。彼によれば、わたしたちは抑圧を強いられつつ、けれども同時に、多かれ少なかれ、わたしたち自身がその抑圧のアクターであるという困難な状況にある。彼にとっての敵は、あくまでも金融資本主義であり、特定の民族や国家でないことは明らかだ。(【特別連載】杉田敦 ナノソート2021 #02「ドクメンタを巡るホドロジー(前)」)











