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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

阪西敦子『金魚』ふらんす堂

〈筋肉にひときは汗の溢れたる/阪西敦子〉筋肉質な人は汗製造機、しかもこれはからだを動かしている人だ。〈襟立てしことより落葉降り始め/阪西敦子〉むりくりに因果をつくることで詩になる。〈大試験前にいつぺん会つたきり/阪西敦子〉大試験の前後でまったく世界は変わってしまうから。〈春の海遠きエンジン音をのせ/阪西敦子〉まるでエンジンを海が載せているかのように。〈金魚玉見ながら水を飲んでいる/阪西敦子〉金魚はずっと水を飲んでいるのに。〈鉄塔は森の真ん中夕焼くる/阪西敦子〉おおきな景色を描く。〈青山を麻布へ向ふ星祭/阪西敦子〉青山はほぼ銀河みたいなもの。〈新酒酌む神保町は狭き町/阪西敦子〉狭い町は噂が駆け巡る。〈初夏やからりと回る洗濯機/阪西敦子〉濡れている洗濯機だけれどからりと。〈コーヒーに白を落しぬ谷若葉/阪西敦子〉白はクリープかもしれない。ふと混じるもの、谷若葉。〈だんだんと夜が重くて聖樹かな/阪西敦子〉だんだんとクリスマスの気配へ。〈コインランドリー春風の行き止まり/阪西敦子〉その無機質さに終わる春風だ。〈やさしげにシーザーサラダ百千鳥/阪西敦子〉さまざまな具材。〈初花の下を運ばれゆくピアノ/阪西敦子〉今にも白鍵が鳴りそうに。〈どこからも遠き東京暮の春/阪西敦子〉卒業、新しい生活、東京はどこからの心の距離は遠い。〈振り向きて水着の中の水動く/阪西敦子〉タプタプと。〈団栗の光を奪ふやう握る/阪西敦子〉ささやかさへの視点。〈一望のどこも揃つてない白鳥/阪西敦子〉どこもというおかしさ。〈喫茶室に横顔ばかり鳥雲に/阪西敦子〉昔ながらの喫茶室は椅子が固定式で見えるのは横顔だけなのだ。〈食卓の中央ならず鮓の桶/阪西敦子〉自分からすこし遠い。〈空豆の皮ていねいに皮の上/阪西敦子〉皮をしっかり見つめるという視点。〈菓子折の片側重き西日かな/阪西敦子〉片側だけに注目されるという落ち込みよう。〈木犀の風よく運ぶ楕円球/阪西敦子〉擬人化ならぬ無人化という修辞法。〈水配られてラグビーのしづけさよ/阪西敦子〉飲む、ひたすら飲む。〈一度だけトライの後の白き息/阪西敦子〉少し見せた人間らしさ。〈音もなくメロンの届く真昼かな/阪西敦子〉ほんとうにいいものにBGMは不要。〈人しづかなればしづかに町の蜂/阪西敦子〉人知れず起こる町の感応を見抜く。

焼藷の大きな皮をはづしけり 阪西敦子