以太以外

空の色尽きて一月一日に/以太

鈴木総史『氷湖いま』ふらんす堂

ものの名を問う句集だろう。〈加湿器がみづ吐き終へる夜明けかな/鈴木総史〉加湿器の水がある時間こそが夜なのかもしれない。〈花冷や流れぬものに堀のみづ/鈴木総史〉変わる花と変わらないように見える堀の対比。〈雨音は雨におくれてリラの花/鈴木総史〉「おくれて」の把握が愛おしい。〈桜蘂降るや未完の海ばかり/鈴木総史〉「未完の海」がいい、どういう海か分からないのもいい。〈安き傘ばかり死にゆく野分かな/鈴木総史〉傘の世界も資本主義の競争社会なのだ。〈日本酒を買い足しにゆく霜夜かな/鈴木総史〉これは通い徳利にちがいない。〈亀鳴くやすべての本はのどを持ち/鈴木総史〉鳴くと「のど」の連なりが巧みで楽しい。〈会ふために夜露の自転車をまたぐ/鈴木総史〉動作の描写が生々しい。何を「またぐ」にしても。〈苗札やまぼろしの蝶ならば追ふ/鈴木総史〉まだ育っていない苗と幻蝶とのすり合わせがエモーショナル。〈冷奴に醤油とどかぬ角ありけり/鈴木総史〉発見の句だ。〈鳥の恋湖のあをさに眩暈して/鈴木総史〉それこそ「あをさ」にめまいを起こすような佳句。〈花の名を交番に問ふ万愚節/鈴木総史〉を〈野遊の子は花の名で呼ばれけり/鈴木総史〉とともに読み、花の名の遠さを思う。〈陽炎より特急鈍く来たりけり/鈴木総史〉圧倒的な差があれば、そしてさかさまであれば比較もおもしろい。〈蒲公英にまみれてゐたる消火栓/鈴木総史〉黄と赤の対比。〈小説のもうすぐ終はるハンモック/鈴木総史〉小説が終わるにつれて揺れが少なくなる。〈みづうみを傷つけてゆくカヌーかな/鈴木総史〉きっと平静な湖なのだろう。