以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

短歌

江戸雪『昼の夢の終わり』書肆侃侃房

〈白雲がとてもまぶしい春の日にあなたと椅子を組み立ててゆく/江戸雪〉組み立てるのはなんでもいいけれど、椅子なのがいい。居場所ができるから。〈ストライプの日傘をさして川へゆくときどき風が胸をぬけつつ/江戸雪〉大阪の運河と少し日の強すぎる町並…

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

〈癌のなかにゐずまひ正してきみはありゐずまひはかなし杏子のかをり/渡辺松男〉医師は杏林ともいう。最後の「杏子のかをり」の調べにクラっと来る。〈死後の永さをおもひはじめてゐるわれはまいにち桜はらはらとちる/渡辺松男〉数十億年の孤独に。〈黒煙…

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

週刊金曜日の金曜俳句に〈短調の隣より漏る室の花/以太〉が載っていた日、『雨る』のⅠを読む。〈ゆふかげはわが身を透かし地にあれば枯蟷螂にすぎぬたましひ/渡辺松男〉枯蟷螂に自分を仮託する、その自分、ことわが身は夕影に透けているという。危うい自己…

渡辺松男『寒気氾濫』書肆侃侃房

〈約束のことごとく葉を落とし終え樹は重心を地下に還せり/渡辺松男〉落葉で樹の重心が変わるという発想が哀しくも冬めく。〈アリョーシャよ 黙って突っ立っていると万の戦ぎの樹に劣るのだ/渡辺松男〉人が木より勝るとしたら話し動くがゆえに。〈捨てられ…

黒瀬珂瀾『ひかりの針がうたふ』書肆侃侃房

巨大な箱に入っていた『ひかりの針がうたふ』を読む。〈しばらくを付ききてふいに逸れてゆくカモメをわれの未来と思ふ/黒瀬珂瀾〉今の自分という本質がもしあるならそれを逸れてゆく実存がカモメということか。〈海のいづこも世界の喉と思ふとき雲量8は7…

立花開『ひかりを渡る舟』角川書店

〈セーラー服色のチューブを探してる一気に塗ってしまいたくなり/立花開〉セーラー服を着ていることの煩わしさなどがあるのだろう、だから一気に片付けたい。〈セーラーを脱いだら白い胸にある静かな風をゆるす抜け道/立花開〉も。谷間だろうか。風音が爽…

吉田隼人『忘却のための試論』書肆侃侃房

目が覚めてしまった午前三時に『忘却のための試論』を読む。〈旋回をへて墜落にいたるまで形而上学たりし猛禽/吉田隼人〉決して幾何学ではない、まず見えもしない。〈枯野とはすなはち花野 そこでする焚火はすべて火葬とおもふ/吉田隼人〉生と死は表裏であ…

佐佐木幸綱「群黎」『現代短歌全集』筑摩書房

〈海岸の跡地へ梅雨の星降れり/以太〉が麦誌上句会テーマ「海岸」の特選になっているのを確認した日、「群黎」を読む。〈何を聴く耳密林を繁らせてアフリカの地図わが裡にある/佐佐木幸綱〉アフリカの耳はいま砂漠、でも密林のほうがいい。〈ボーリング場…

山階基『風にあたる』短歌研究社

『風にあたる』を読む。〈ヘアムースなんて知らずにいた髪があなたの指で髪型になる/山階基〉髪が髪型になるとき、やさしい指がかかわる。〈真夜中の国道ぼくのすぐ先を行くパーカーのフードはたはた/山階基〉真夜中の原付を追いかける。〈二十歳でも煙草…

谷川由里子『サワーマッシュ』左右社

静岡県浜松市にも蔓延防止等措置が適用された。〈日当たりのいい公園のブランコは夜になってもギラギラしている/谷川由里子〉余熱のようにして、昼がそこだけ続いているかのように。〈ルビーの耳飾り 空気が見に来てくれて 時々ルビーと空気が動く/谷川由…

江戸雪『椿夜』砂子屋書房

磐田市中央図書館で借りた『椿夜』を読む。〈思い出す旅人算のたびびとは足まっすぐな男の子たち/江戸雪〉確かに算数の文章題に女の子はあまり出てこない。〈水平な音のながれる冷蔵庫君はわたしを忘れつづける/江戸雪〉冷蔵庫の「水平な音」とは何なのか…

伊藤一彦『微笑の空』角川書店

磐田市中央図書館で借りた『微笑の空』を読む。〈いつよりか男もすなるごみ出しをわれも励めり当然として/伊藤一彦〉新時代を生きるために必要なこと。〈兵役を経ずに六十代になりたりとゴミの袋を出しつつ思ふ/伊藤一彦〉も。〈鉛筆の尖りて赤し 憎しみに…

小林理央『20÷3』角川文庫

五歳から十五歳までの歌とのこと。〈道ばたのポストの口は今までに何回手紙を迎え入れたの/小林理央〉「おまえは今まで食べたパンの数を覚えているのか」とポストに言われそう。〈人間が生まれて初めて見る空とさいごに見る空おんなじ青かな/小林理央〉そ…

奥田亡羊『亡羊』短歌研究社

磐田市中央図書館で借りた『亡羊』を読む。〈宛先も差出人もわからない叫びをひとつ預かっている/奥田亡羊〉そして、ときどき誤配したりする。〈のどかなる一日を死者よりたまわりて商店街のはずれまで行く/奥田亡羊〉慶弔休暇だろう。悼むべきだが少し心…

石川美南『砂の降る教室』書肆侃侃房

折込チラシと段ボールで七夕飾りを作った日、『砂の降る教室』を読む。〈親知らずの治療控へてゐるごとき夕立雲を見上げをるなり/石川美南〉不安と郷愁と逃亡癖とが積み重なったような夕立雲だろう。〈半分は砂に埋れてゐる部屋よ教授の指の化石を拾ふ/石…

榊原紘『悪友』書肆侃侃房

※ 二読目です。(一読目)でも諸事情により書き終えらなかったので、途中まで載せます。 観念への憧れがある。実際の名は実体を表さないし、表された実体も歪で観念には至らない。 五千年後の語彙を想像してみてよ ティースプーンでスコーンを割る 榊原紘 な…

千葉聡『微熱体』書肆侃侃房

雨続きで滅入る日、『微熱体』を読む。〈教科書など鞄の底に押し込んで夏は海辺のホテルでバイト/千葉聡〉本の形がはみ出た鞄を持って毎朝海へ通う、光り。〈コンビニまでペンだこのある者同士へんとつくりになって歩いた/千葉聡〉創作に手を染めた罪深い…

穂村弘『シンジケート』講談社

〈別件の顔をしてくる会社員/以太〉が麦誌上句会テーマ「別」特選になっているのを見た日、『シンジケート』を読む。〈郵便配達夫の髪整えるくし使いドアのレンズにふくらむ四月/穂村弘〉郵便配達夫にメイルマンとルビ、そういう時代もあったのだろうか。…

工藤玲音『水中で口笛』左右社

新聞社から電話のあった日、今や渋民村の工藤玲音から日本のくどうれいんになった工藤玲音の『水中で口笛』を読む。〈死はずっと遠くわたしはマヨネーズが星形に出る国に生まれた/工藤玲音〉マヨネーズの星形に宿命論を見る。設定がわざとらしくなくていい…

笹川諒『水の聖歌隊』書肆侃侃房

梅雨入りした日、『水の聖歌隊』を読む。〈ひるひなか 薄ぼんやりしたエッセイを積み木で遊ぶみたいに読んだ/笹川諒〉そんなエッセイを、たとえばトルコとかベトナムとかコロンビアとか知らない作家のエッセイをまひるに読みたい。〈呼びあってようやく会え…

犬養楓『前線』書肆侃侃房

インド変異株が日本にすでに感染しているかもしれないのに黄金週間で多くの人が移動している日、『前線』を読む。〈同僚の鼻を拭った綿棒がこの病院の命運決める/犬養楓〉病院に限らずコロナ禍では綿棒一本で生活が一変する。〈財源は誰かの痛みの分であり…

石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』短歌研究社

自由律俳句を楽しむ会第一回に〈ウーバーイーツで買えた春風/以太〉が載った日、『死ぬほど好きだから死なねーよ』を読む。〈父危篤の報受けし宵缶ビール一本分の速度違反を/石井僚一〉飲酒運転ではなく速度違反というズラシの面白さ。〈遺影にて初めて父…

小佐野彈『メタリック』短歌研究社

雨のなか硝子に囲まれたストリートピアノを観ながら『メタリック』を読む。〈ママレモン香る朝焼け性別は柑橘類としておく いまは/小佐野彈〉とある未知数としての柑橘類。〈セックスに似てゐるけれどセックスぢやないさ僕らのこんな行為は/小佐野彈〉繁殖…

希望の音

『僕は行くよ』に〈後頭部をつめたい窓にあずければ電車の音が電車をはこぶ/土岐友浩〉という短歌が収められている。この歌で後頭部の持ち主は目をつむっている。そして骨伝導で「電車の音」を聴いている。もちろん電車をはこぶのは電気による駆動であるけ…

飯田有子『林檎貫通式』書肆侃侃房

〈女子だけが集められた日パラシュート部隊のように膝を抱えて/飯田有子〉ただ落下するために。〈足首まで月星シューズに包まれていさえすればいさえすればね/飯田有子〉それさえあればだいじょうぶな気がするムーンスターの靴。〈オーバーオールのほかな…

吉田恭大『光と私語』いぬのせなか座

〈いつまでも語彙のやさしい妹が犬の写真を送ってくれる/吉田恭大〉やさしい語彙のひとつとして犬の写真をもらう。〈もうじきに朝だここから手の届く煙草と飴の箱が似ている/吉田恭大〉徹夜明けか早朝覚醒のボンヤリさがわかる。どちらも口寂しさを紛らわ…

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』書肆侃侃房

〈秋の日のミルクスタンドに空瓶のひかりを立てて父みな帰る/佐藤弓生〉誰かの父であろうサラリーマンたちが牛乳を飲み干してどこかへ帰る。ミルクの語感と父のギャップが面白い。〈神さまの貌は知らねどオレンジを部屋いっぱいにころがしておく/佐藤弓生…

『県民文芸』第六十集

ふじのくに芸術祭2020こと第60回静岡県芸術祭の短歌部門受賞作を読む。静岡県芸術祭賞「転移」より〈疲れはて眼おさえる我の背をおずおずと撫ず力なき手が/勝田洋子〉、冷たいけれどあたたかい手だったのだろう。奨励賞「冷蔵庫のなかの空」はもちろん省略…

銀杏文芸賞短歌の部入賞作

「銀杏」第二十号、令和二年度海音寺潮五郎記念文芸誌に掲載されている銀杏文芸賞短歌部門入賞作を読む。最優秀賞「その日待つ」より〈このまんま落ちてゆくならこわくない屍のポーズのレッスン中に/﨑山房子〉血管瘤の手術へ向けた連作、「屍のポーズ」が…

鈴木ちはね『予言』書肆侃侃房

子規記念博物館へ葉書を出した日、『予言』を読む。〈ザハ案のように水たまりの油膜 輝いていて見ていたくなる/鈴木ちはね〉曲りくねって豪奢に輝く油膜? そういえば、まだ東京オリンピックやっていない。〈どんぐりを食べた記憶があるけれどどうやって食…