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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

短歌

虫武一俊『羽虫群』書肆侃侃房

〈しまうまのこれは黒側の肉だってまたおれだけが見分けられない/虫武一俊〉しまうまの黒側の肉と白側の肉が違う肉だと見分けるのは色ではない、味だ。〈自販機の赤を赤だと意識するたまにお金を持ち歩くとき/虫武一俊〉コカ・コーラの赤だろう。赤は目に…

伊藤一彦『瞑鳥記』現代短歌社

〈採血車すぎてしまえば炎天下いよよ黄なる向日葵ばかり/伊藤一彦〉赤と黄と青の色彩、採血車という危機めいた暗示。〈おびただしき穴男らに掘られいて恥深きかなまひるわが街/伊藤一彦〉工事現場だろうけど違う肉穴も想像してしまう。〈漂泊のこころもつ…

光森裕樹『鈴を産むひばり』港の人

水銀は輝く。〈疑問符をはづせば答へになるやうな想ひを吹き込むしやぼんの玉に/光森裕樹〉答えを求めて問いを発する人は、すでに答えを持っている。〈どの虹にも第一発見した者がゐることそれが僕でないこと/光森裕樹〉二番手でも三番手でも僕にとっては…

『林和清集』邑書林

第一歌集『ゆるがるれ』部分。〈父子というあやしき我等ふたり居て焼酎酌むそのつめたき酔ひ/林和清〉父子という関係の不思議さが三つの酉に現れている。〈熱帯の蛇展の硝子つぎつぎと指紋殖えゆく春から夏へ/林和清〉ふえる指紋に生き物の気配を感じる。…

平出奔『了解』短歌研究社

風にたよりがち。〈月末の僕は公共料金を支払うことにためらいがない/平出奔〉自動機械のように当たり前とも疑問とも思わず払う。違う生き方もあったかもしれないけれど、とりあえず払う。〈本名で仕事をやってあることがたまに不思議になる夜勤明け/平出…

鈴木加成太『うすがみの銀河』角川文化振興財団

ひとつ、あるいはふたつの印象的なことばから展開される広大な世界へ少年とともにゆく。ときどき漢語を歯がゆく思った。〈ボールペンの解剖涼やかに終わり少年の発条さらさらと鳴る/鈴木加成太〉発条にばねとルビ、日常のどこにでもある光景なんだけど「少…

雪舟えま『緑と楯 ロングロングデイズ』短歌研究社

〈夜空から直接風が吹いてくる実家とは荒削りなところ/雪舟えま〉「直接」がいい。田舎の、平原にぽつんと建つ一軒家を思う。星空の下の灯とか。〈やすらぎは死後でじゅうぶんだといって君は私を妻と定めた/雪舟えま〉ファムファタール味がある。〈ヤクル…

佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』書肆侃侃房

〈土くれがにおう廊下の暗闇にドアノブことごとくかたつむり/佐藤弓生〉暗闇のなかのドアノブは、異世界と通じてぬらぬらと光るかたつむりのような冷たさと異物感とがある。〈泣き方を忘れた夜のこどもたち蛙みたいに裏返されて/佐藤弓生〉新生児室だろう…

栗木京子『新しき過去』短歌研究社

中立的というより詩の混沌にまで昇華できた社会詠をときどき読みたくなる。〈占領期といふ濃霧の日々ありき謀殺の文字ただ忌しく/栗木京子〉1949年国鉄三大ミステリー事件の一つ下山事件について。濃霧の日々というのが歴史感覚と合う。〈前を行く男女のつ…

春日いづみ『地球見』短歌研究社

恵まれた世代の詩という感じ。〈雁垂れの厨と厠を書き込めば図面に水音仄かにひびく/春日いづみ〉設計図面に生活がありありと再現された、水道管はまだ書き込まれていないけれど。〈国家なきクルドの民に長閑にも「お国はどちら」と聞きてしまへり/春日い…

加藤治郎『海辺のローラーコースター』書肆侃侃房

レモンが印象に残った歌集だった。〈ボディソープぬりたくっているやわらかい刃に指を滑らせながら/加藤治郎〉やわらかい刃は熱を帯びた危険な皮膚だ。〈あちこちにスイッチがあるまちがって明るくなった地球の一室/加藤治郎〉地球から一室への想像力の落…

佐藤弓生『薄い街』沖積舎

〈だしぬけに孤独のことを言う だって 銀河は銀河の顔を知らない/佐藤弓生〉象の背を知らない象のように向き合えない銀河の巨大さ、孤独がある。〈弥生尽帝都地下鉄促々と歩行植物乗り込んでくる/佐藤弓生〉年度末に通勤する種族は脳のない植物人間のよう…

野村日魚子『百年後嵐のように恋がしたいとあなたは言い実際嵐になったすべてがこわれわたしたちはそれを見た』ナナロク社

あまりにも独特すぎる調べはそれぞれの読み手に自分だけの内在律かもと錯覚させる。〈四番目に来た男の靴が濡れていて雨に飛び降りた人だと思う/野村日魚子〉どこの、何の列だよ。服が濡れていないのは靴を脱いだからか。〈生きてると死んだの間に引く線の…

奥村知世『工場』書肆侃侃房

職業詠のひとつである肉体労働者詠は私の配達者詠と重なるところがある。〈先芯が鉄から樹脂へ替えられて安全靴はやや軽くなる/奥村知世〉樹脂と軽さに一抹の不安。〈夏用の作業着の下をたらたらと流れる汗になる水を飲む/奥村知世〉汗を流すための水分と…

谷川電話『深呼吸広場』書肆侃侃房

みんな谷川電話の恋人になりたがる。〈幻に負けない暮らし 心から白湯を冷めても白湯と呼びたい/谷川電話〉幻に名をつけ愛でるフェティシズムは、しかし人を、人の暮らしを支えてきた。〈水槽を光と影を飼育するために窓辺に置いてそれから/谷川電話〉何も…

大森静佳『ヘクタール』文藝春秋

野を焼く火として『ヘクタール』を読む。〈からだのなかを暗いと思ったことがない 風に痙攣する白木蓮/大森静佳〉からだのなかは赤く光っているのかも、あるいは白木蓮のように白く輝く肉なのかも。生きている限り暗いなんてことはない。手術映像のイメージ…

山田航『寂しさでしか殺せない最強のうさぎ』書肆侃侃房

東へ夜の特別軍事作戦に出かけた日、『寂しさでしか殺せない最強のうさぎ』を読む。〈踊り場ですれ違うとき鳴る胸のビートがリズム無視してくるよ/山田航〉「リズム無視してくるよ」の野放図さが青春っぽい。〈なけなしの金で乗るバス行き先は廃タイヤ積ま…

染野太朗『あの日の海』書肆侃侃房

自分の車を自分の家へみしみしとめりこませる人を見た日、『あの日の海』を読む。〈向き不向きを言い合う教育実習生の控室にも白い電話が/染野太朗〉この会話を誰かが聴いているかも、ということだろうか。白さが際立つ。〈生徒らの脳に蛍があふれいて進学…

水野葵以『ショート・ショート・ヘアー』書肆侃侃房

始末書を書き終えた日、『ショート・ショート・ヘアー』を読む。〈堂々と慰めたあとゴミ箱の深部に埋める二重のティッシュ/水野葵以〉一重だと漏れてきてしまうから。〈七月は動く歩道のスピードで気づけば夏の真ん中にいる/水野葵以〉七月の速度に気づか…

toron*『イマジナシオン』書肆侃侃房

トロン『イマジナシオン』書肆侃侃房を読解した。

吉川宏志『西行の肺』角川書店

誌上句会(テーマ「交」)で〈初夏の看護学生泡まみれ/以太〉への方子さんの評を読み、自分の心が穢れていたことを知った日『西行の肺』を読んだ。〈身ごもりし人の済ませし校正の厳しすぎる朱を元に戻しぬ/吉川宏志〉妊婦が胎児を守るために宿した他人へ…

島楓果『すべてのものは優しさをもつ』ナナロク社

夏祭の日、『すべてのものは優しさをもつ』を読む。〈トースター開けたら昨日のトーストが入ったままでゆっくり閉じる/島楓果〉他人事とは思えない。〈郵便の入れられる音が二回して郵便受けを見に行くと空/島楓果〉これを解説すると、一回投函したけれど…

上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』書肆侃侃房

ファンシーな商品で過半を埋め尽くされた文房具店でA4原稿用紙を買った日、『老人ホームで死ぬほどモテたい』を読む。〈ロシア産鮭とアメリカ産イクラでも丼さえあれば親子になれる/上坂あゆ美〉アメリカはアラスカでロシアはシベリアと言っては無粋に過ぎ…

岡本真帆『水上バス浅草行き』ナナロク社

〈教室じゃ地味で静かな山本の水切り石がまだ止まらない/岡本真帆〉がぎりぎりまで見つからなかった日、『水上バス浅草行き』を読む。〈にぎやかな四人が乗車して限りなく透明になる運転手/岡本真帆〉四人に対して相対的に透明へ近づいていく運転手。その…

嶋稟太郎『羽と風鈴』書肆侃侃房

〈止めていた音楽をまた初めから長い時間が経ってから聴く/嶋稟太郎〉初めから聴くけれど、もしかしたら止めたときの記録や栞のような痕跡が残っていたのだろうかと思わせる。〈やがて森の設計図となる旅客機が東の空にともされてゆく/嶋稟太郎〉飛行機の…

類歌による入選取消し

中日新聞2022年1月16日朝刊22面の俳壇歌壇欄に「2021年2月14日付の島田修三選の1席は類歌と判断したため、入選を取り消します」と「お断り」が載せられた。 新聞歌壇・新聞俳壇にときどき掲載される「おことわり」、今回の入選取消理由は二重投稿ではなく類…

荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』書肆侃侃房

〈さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに/荻原裕幸〉その空白は決して虚しくない。〈ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖/荻原裕幸〉「夏の外側」という疎外感がなじむ。〈皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたり…

鶴舞公園と短歌

名古屋市の鶴舞(つるま)公園は名古屋市昭和区鶴舞一丁目にあり、明治四十二年に名古屋で最初に整備された公園*1だ。小酒井不木の「名古屋スケツチ」には なほ又名古屋市民に近頃追々喜ばれ出した鶴舞公園はスケツチの種にならぬことはないけれど、公園など…

柴田葵『母の愛、僕のラブ』書肆侃侃房

〈そとは雨 駅の泥めく床に立つ白い靴下ウルトラきれい/柴田葵〉ウルトラは広告宣伝の強調のための文句だったのかもしれない。異常なほどの低視線がある。〈紫陽花はふんわり国家その下にオロナミンC遺棄されていて/柴田葵〉オロナミンCに実存感が出る。…

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

〈病棟に孤独の落ちてゐた朝はいちまいの楓のやうに拾ひぬ/渡辺松男〉孤独→楓の転換が鮮やか。〈生は死のへうめんであるあかゆさにけふ青年は遠泳したり/渡辺松男〉遠泳しているかのような息継ぎのような生として捉えた。〈こゑのうらこゑのおもてとひるが…