以太以外

国は夜ずっと流れているプール 以太

柴田葵『母の愛、僕のラブ』書肆侃侃房

〈そとは雨 駅の泥めく床に立つ白い靴下ウルトラきれい/柴田葵〉ウルトラは広告宣伝の強調のための文句だったのかもしれない。異常なほどの低視線がある。〈紫陽花はふんわり国家その下にオロナミンC遺棄されていて/柴田葵〉オロナミンCに実存感が出る。〈地球だって宇宙なんだよこんにちはスターバックスにぎやかに夏/柴田葵〉宇宙がそこだけ延伸されてスターバックスになっているような店舗、ある。〈手をつないで 正しくは手袋と手袋をつないで ツナ缶を買って海へ/柴田葵〉手に対して手袋、鮪に対してツナ缶、模倣品でもいいから愛めいた景色が広がる。〈浅瀬には貝殻すらない冬の海このまま待てば夏になる海/柴田葵〉たいていの人は夏まで待てずに去ってしまう、でも。〈マーガリンも含めてバターと言うじゃんか、みたいに私を恋人と言う/柴田葵〉一度きりの関係でも恋人と言うじゃんか、みたいに。〈あしたには出社する旨メールしてその手で傷んだ檸檬を捨てる/柴田葵〉傷んだ檸檬がお守りだった。〈校庭の砂を散らして去ってゆく風になりたい月曜だった/柴田葵〉下の句が好き。月曜日もそうであれば愛されたであろう。〈盗まれやすい自転車みたいな人だから探すことには慣れているから/柴田葵〉そんな関係性、いいね。〈電車待つ他人の海でわたしだけわたしの他人ではないわたし/柴田葵〉わたしの関係者としてのわたしが人混みの中に立つ。離人症的な感覚への拮抗からうまれた歌。〈産まれたらなんと呼ぼうか春の日にきみはきっぱり別人になれ/柴田葵〉「きっぱり別人になれ」がなかなか言えないのだ。〈からまった髪をほぐして人を待つ金木犀にまぶされて待つ/柴田葵〉「まぶされて」が新しい。匂いに髪をまぶされる感じだろう。

 

母の愛、僕のラブ

母の愛、僕のラブ

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