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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

鈴木加成太『うすがみの銀河』角川文化振興財団

ひとつ、あるいはふたつの印象的なことばから展開される広大な世界へ少年とともにゆく。ときどき漢語を歯がゆく思った。〈ボールペンの解剖涼やかに終わり少年の発条さらさらと鳴る/鈴木加成太〉発条にばねとルビ、日常のどこにでもある光景なんだけど「少年の発条」のことばの組み合わせが飛び跳ねそうでいい。〈飛行士は夏雲の果てに睡り僕は目を覚ます水ぬるき夕べに/鈴木加成太〉遠さと近さの対比、心のありかとは。〈蟬の声は夜にはどこへ行くのだろう水辺の街に投函をせり/鈴木加成太〉蟬の声の行方と投函をした封書の行方と。裏方の世界はどうなっているかへの探求心がある。〈早朝のバス停で聴くジョン・レノン こころの砂丘に雪降るごとし/鈴木加成太〉砂丘に雪を降らせることに疑いを挟ませない言い切り。〈重力というやわらかさ 惑星と紙飛行機の浅き接触/鈴木加成太〉宙に浮かぶ二つの物体は渦動説のエーテルを介して接触するだろう。〈第九番惑星消えてビリヤードの卓は煙草の香染みるみどり/鈴木加成太〉惑星とビリヤードの球との共鳴。みどりは宇宙の深さでもある。〈水底にさす木洩れ日のしずけさに〈海〉の譜面をコピーしており/鈴木加成太〉光のまばゆさが少年期である。初夏のしずけさのなかで心の旋律が複写される。〈缶珈琲のタブ引き起こす一瞬にたちこめる湖水地方の夜霧/鈴木加成太〉音がそのにおいを引き起こすのだ。〈海はすべて川の引用 その川をさかのぼりゆく月下の鮎は/鈴木加成太〉「鮎は」のつきはなしに、夜の海から川へ次々と遡上してゆくうごめく無数の生命を思う。〈はつなつの水族館はひたひたと海の断面に指紋増えゆく/鈴木加成太〉多くの人が訪れた証として、海がそこで途切れた記録として指紋は残される。〈劇中葬より抜け来しように黒き傘ひらく共産党員の祖父/鈴木加成太〉の祖父が〈虹の根のあたりが祖父の少年期/鈴木加成太〉の祖父なんだと思うとグッとくる。〈しろながすくぢらの息を吐きながら新宿の夜に着く夜行バス/鈴木加成太〉あのぶしゅーという音だろう。代々木のころのバスターミナルだとなおいい。〈使はなかった銃をかへしにゆくような雨の日木蓮の下をくぐりて/鈴木加成太〉これでよかったんだ、とでもいうような感情につつまれて木蓮の白だ。〈洗濯機の序破急の音を聴きゐたり乱るるところ越えて瀬の音/鈴木加成太〉ぜったいシンエヴァンゲリヲンの影響下にまだあったろう。