第一歌集『ゆるがるれ』部分。〈父子というあやしき我等ふたり居て焼酎酌むそのつめたき酔ひ/林和清〉父子という関係の不思議さが三つの酉に現れている。〈熱帯の蛇展の硝子つぎつぎと指紋殖えゆく春から夏へ/林和清〉ふえる指紋に生き物の気配を感じる。〈灯さねどしんの闇にはならぬ部屋みなぞこにゐてめつむるごとし/林和清〉はるか遠くに希望にも似て光る水面がある。〈瓦斯の火の冷たいやうな青さ見ていつまでも目がはなせずをりぬ/林和清〉火の冷たいやうな青さという言い回しにくらっと来る。離すと跳びついてきそうな。〈死後の地につづく野の沖冬ざれて獣の皮のごとき夕暮/林和清〉獣の皮のような夕暮とはどんな色なのか、気になる。〈木賊など刈るひまもなし愛人がなにみごもりてすごき月映/林和清〉ちょっと心がここにない。〈いや果てに冬来たるらしわれかつて詩語のひとつと聞きたる「鉄冷え」/林和清〉製鉄の街の凩を思う。そう鉄の町は前近代は風の強い町だった。〈八百万神ある国や秋冷の地下駅にしろたへの雪隠/林和清〉男子用立小便器でいいだろう。聖俗の共鳴であるし、黄泉の国のスサノオでもある。