以太以外

辷り台に脚を忘れた虫の闇 以太

荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』書肆侃侃房

〈さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに/荻原裕幸〉その空白は決して虚しくない。〈ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖/荻原裕幸〉「夏の外側」という疎外感がなじむ。〈皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたりで崩すこの音が冬/荻原裕幸〉黙々と炒飯を食べる時間、そんな言葉のない静寂さが冬。〈スマホの奥では秋草の咲く音がする結局そこもいま秋なのか/荻原裕幸スマホの奥から聴こえる音は脳のなかで鳴る音であろう。〈右折するときに大きく揺れながら春をこぼしてクロネコヤマト荻原裕幸〉春の落失事故である。〈壁のなかにときどき誰かの気配あれど逢ふこともなく六月終る/荻原裕幸〉誰かがいることは否定することなく終わる六月。梅雨の闇にひそむ生命あるいは生命なき物音の気配。〈ローソンとローソン専用駐車場とに挟まれた場所にひとりで/荻原裕幸〉あの名前のない場所に立つ、受動喫煙の烟に巻かれながら。〈緘でも〆でも封でもなくて春の字を記して封をした封書来る/荻原裕幸〉そんな封書来て欲しいし、そんな封書を出せる友が欲しい。〈誰も画面を見てゐないのにNHKが映りつづけてゐる大晦日荻原裕幸紅白歌合戦はもはや歌だけを届けている。〈この世から少し外れた場所として午前三時のベランダがある/荻原裕幸〉見慣れた場所は深夜にがらりと様相を変える。〈同じ本なのに二度目はテキストが花野のやうに淋しく晴れる/荻原裕幸〉一度目とは読める意味が変わってきたゆえ。〈四枚のキングのなかで髭のないひとりのやうに秋を見てゐる/荻原裕幸〉ハートのキングはカール一世だとか。彼はなぜ髭なしとされているのか分からないけど、そのくっきりとした目のような確かな視線で見る秋には冷ややかさがこもる。

春が軋んでどうしようもないゆふぐれを逃れて平和園の炒飯 荻原裕幸