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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

光森裕樹『鈴を産むひばり』港の人

水銀は輝く。〈疑問符をはづせば答へになるやうな想ひを吹き込むしやぼんの玉に/光森裕樹〉答えを求めて問いを発する人は、すでに答えを持っている。〈どの虹にも第一発見した者がゐることそれが僕でないこと/光森裕樹〉二番手でも三番手でも僕にとってはそれは僕の虹のなのだけれど、一抹のさびしさがあること。恋の隠喩かもしれない。〈アラビアの林檎を知らない王様が描くりんごを黄砂に想ふ/光森裕樹〉想像の象みたいな果実。仮名の使い分けは適切だろうかと思う。〈ポケットに銀貨があれば海を買ふつもりで歩く祭りのゆふべ/光森裕樹〉銀貨という字面はなんでも買えそうな魔力をもつ。白銅貨もまた。〈金糸雀の喉の仏をはめてから鉱石ラヂオはいたく熱持つ/光森裕樹〉喉仏を鉱石ラヂオの黄鉄鉱や方鉛鉱のかわりに使うのだ。声が出るという共通点ゆえに。〈われを成すみづのかつてを求めつつ午睡のなかに繰る雲図鑑/光森裕樹〉雲図鑑が夢想めいていい。川や池ではなく雲へ焦点をあてるのは、心がすでに上の空だったからだろう。〈明日からの家族旅行を絵日記に書きをりすでに楽しかつたと/光森裕樹〉絵日記あるある。過去を書くのではなく、書きたい未来を書く。〈花積めばおもさにつと沈む小舟のゆくへは知らず思春期/光森裕樹〉思春期は水面より上しか見ていない。自らの責で沈めてしまうものには目もくれない。〈ポケットに電球を入れ街にゆく寸分違はぬものを買ふため/光森裕樹〉みちゆく人は誰もその人がポケットに電球を入れているなんて知らない。〈狂はない時計を狂はす要因のひとつとしての脈拍があり/光森裕樹〉時計へ差し挟まれる人間の時間。〈隣人の目覚まし時計が鳴り止まず君の何かが思ひ出せない/光森裕樹〉私の部屋が君への記憶、それへの回路を隣の部屋からの音で妨げられる。内向的な、という形容詞が合う。〈喫茶より夏を見やれば木の札は「準備中」とふ面をむけをり/光森裕樹〉営業中の札のうらがわが準備中なら店内から見れば外の世界は準備中かもしれない。いつか準備の終えた世界を思う。事実を発見した歌。〈[スタート]を[電源を切る]ために押す終はらない日を誰も持ちえず/光森裕樹〉発見の歌、パソコンとかも、そう。〈反戦デモ追ひ越したのち加速する市バスにてまたはめるイヤフォン/光森裕樹〉反戦デモの主訴を聴いていたのか、街の生活と同居する政治の表現が鮮やかであり青春のにおいがする。〈屋上の鍵のありかをともに知るみしらぬ人と街を見下ろす/光森裕樹〉と〈請はれたるままに男に火をわたす煙草につける火と疑わず/光森裕樹〉はある事象への別の、とある視点がある。〈オリオンを繋げてみせる指先のくるしきまでに親友なりき/光森裕樹〉「くるしきまで」の屈曲が親友であることの難しさ。