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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

嶋稟太郎『羽と風鈴』書肆侃侃房

〈止めていた音楽をまた初めから長い時間が経ってから聴く/嶋稟太郎〉初めから聴くけれど、もしかしたら止めたときの記録や栞のような痕跡が残っていたのだろうかと思わせる。〈やがて森の設計図となる旅客機が東の空にともされてゆく/嶋稟太郎〉飛行機の老朽化して引退したあとを思う。〈夕立の終わりは近く二輪車の音は二輪の線を引きつつ/嶋稟太郎〉二輪の水轍が少しずれて残るのだろう。暗い、優しい時間だ。〈月面に着陸したる人思う何も持たずに浴室を出て/嶋稟太郎〉別のところへ踏み込んだ違和感は宇宙飛行士も入浴者も同じかもしれない。〈おもむろに風吹く午後の地の上を擦りながら飛ぶ包装容器/嶋稟太郎〉好きだなぁ。〈問いかける形で記すいくつかの議題の文字は傾いたまま/嶋稟太郎〉「傾いたまま」の客観写生が効いている。〈車椅子を降りようとして美しい筋肉きみがマンボロを吸う/嶋稟太郎〉喫煙者の車椅子利用者という像がうつくしい。〈一晩はパジャマを借りるあたたかな異郷の風に髪が乾いて/嶋稟太郎〉着慣れないパジャマと吹き慣れない風の感じがわかる。〈ロッカーの鍵を手首にからませる地図で見つけた銭湯に来て/嶋稟太郎〉ロッカーの鍵は実感である。〈日だまりにレシートが散るポケットの底から鍵の束を抜いたら/嶋稟太郎〉レシートの白は光であろう。

かさぶたを剥がしたような西の果て飛行機雲はどこまで続く 嶋稟太郎

 

羽と風鈴

羽と風鈴

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