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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

佐藤弓生『薄い街』沖積舎

〈だしぬけに孤独のことを言う だって 銀河は銀河の顔を知らない/佐藤弓生〉象の背を知らない象のように向き合えない銀河の巨大さ、孤独がある。〈弥生尽帝都地下鉄促々と歩行植物乗り込んでくる/佐藤弓生〉年度末に通勤する種族は脳のない植物人間のようなものかも。それと〈読む人の読む文字ぬすみ見てしより前頭葉はやわやわ芽吹く/佐藤弓生〉の植物感とは呼応する。〈ひとのためわが骨盤をひらくとき湖の底なる浴槽はみゆ/佐藤弓生〉水底に沈む浴槽に、自らの子宮のなにを投影するのか。〈五月五月わたしはふいごのようである風が枝踏む森に抱かれて/佐藤弓生〉わたしから出る風がまるで私のようにして森をさまよう。〈星動くことなき夜のくることもなつかし薄き下着干しつつ/佐藤弓生〉全てが止まった夜、ほぼからだひとつで宇宙へ出る。そこで得られる浮遊感の味はおいしいか。〈花に箸ふれさせるとき生きてきた香りほのかにほろにがい骨/佐藤弓生〉箸のつよさほどの感触が愛おしくなる、うつくしさ。〈火にこころ吸われておれば蠟燭はこころの外をくらくするもの/佐藤弓生〉火へこころが吸われたら火も薄れてくるかな。こころの外を明るくするはずの蠟燭がこころに火を奪われることでなぜかこころの外を暗くしてしまうのだ。こころは点らない。〈うごかない卵ひとつをのこす野に冷たい方程式を思えり/佐藤弓生〉鳥の卵か恐竜の卵か、そこに卵がのこってしまった自然のうごきは冷たい方の方程式でしか解けない。〈復讐はしずかなるもの氷たち製氷室に飼いならされて/佐藤弓生〉一定の温度に保たれて保管される復讐心というおそろしさ。〈川の街わたりわたりて行き交うに川の前世を誰も知らない/佐藤弓生〉誰の気にもとめられない、でも確かにあるもの、としての川。〈とざすべきまぶたいちまいもたぬ空 ころされるのはこわいだろうか/佐藤弓生〉直視しなければならない、殺されるのを。〈みずいろの風船ごしにふれている風船売りの青年の肺/佐藤弓生〉肺の模型として風船が使われることもある。〈この人といつか別れる そらみみはいつも子どもの声をしている/佐藤弓生〉幼少期の自分がいつまでも心の隅にいて、語りかけている。〈靴ひもをほどけば星がこぼれだすどれほどあるきつづけたあなた/佐藤弓生〉歩き続けて疲れてからだからぽろおろこぼれ落ちていくものがある。それを星とよぶということ。〈風ゆきつもどりつ幌を鳴らすたび四月闌けゆく三月書房/佐藤弓生〉懐かしい、今はない京都の書店。月の境界の淡い感じ。

骨くらいは残るだろうか秋がきて銀河と銀河食いあいしのち 佐藤弓生