Mastodon

以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

奥村知世『工場』書肆侃侃房

職業詠のひとつである肉体労働者詠は私の配達者詠と重なるところがある。〈先芯が鉄から樹脂へ替えられて安全靴はやや軽くなる/奥村知世〉樹脂と軽さに一抹の不安。〈夏用の作業着の下をたらたらと流れる汗になる水を飲む/奥村知世〉汗を流すための水分として水を飲む機械としての人間。〈工場のしっぽのエノコロ草たちが排気ダクトの風にたなびく/奥村知世〉「工場のしっぽ」がいい。ひとつの巨大で気まぐれな猫として工場をとらえた。〈魔法瓶その中だけが温かい本社の部屋に背広が並ぶ/奥村知世〉体の芯まで冷え切っている会議室だ。〈寝ることと死ぬことの差がわからずに子どもは眠りと夜を怖がる/奥村知世〉だから奴らはすぐ起きるのか。〈できるのはそわそわすることだけと言う夫に水を買いに行かせる/奥村知世〉無痛分娩かなと思ったら帝王切開だった。〈忘れ物を私の中にしたような顔で息子が近づいてくる/奥村知世〉子宮のなかに子の残留思念あり。〈プレハブの女子更衣室に女子トイレ暗い個室に便座はピンク/奥村知世〉無機質の連続のなかに突如として出現する有機質みたいなピンク。〈髪の毛にヘルメットの跡くっきりと後輩の今日ノーメイクの日/奥村知世〉だらしない日ではなく、自分を生きる日として。〈レゴに住むレゴの男女は頭頂にひとつずつ持つレゴの凸部を/奥村知世〉男女がわからないけど、その凸部は可能性の秘められた凸部。

マンモスが絶滅しても男らは誰が一番速いか競う 奥村知世