Mastodon

以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

染野太朗『あの日の海』書肆侃侃房

自分の車を自分の家へみしみしとめりこませる人を見た日、『あの日の海』を読む。〈向き不向きを言い合う教育実習生の控室にも白い電話が/染野太朗〉この会話を誰かが聴いているかも、ということだろうか。白さが際立つ。〈生徒らの脳に蛍があふれいて進学試験の教室ぬくし/染野太朗〉生徒らの脳が発光し発熱しているのが、教師には分かるのだ。〈鉛筆を持たぬ左の手がどれもパンのようなり追試始まる/染野太朗〉左手がパンという発見はおもしろい。みな握りしめているのか。〈貝殻にあらざる消しゴム拾いつつ不意に聴きたくなる波の音/染野太朗〉これから床に落ちた消しゴムを見ると貝殻を思い、波の音を聴くかもしれない。〈加藤智大の使いしケータイのなによりもまず機種を知りたし/染野太朗〉ケータイの機種で人柄はだいたい分かるから。〈含み笑いをしながら視線逸らしたる生徒をぼくの若さは叱る/染野太朗〉「若さ」と書ける自省。〈夜の底にひかりをひとつひとつずつ預けて出でつ職員室を/染野太朗〉「ひとつひとつ」のリフレインで静かでかつ高い靴音が聴こえてくる。〈炎暑ふかき阿佐ヶ谷駅の階段にまだ温かいまぶた拾えり/染野太朗〉「まだ温かい」が怖い。〈タリーズのホットコーヒーその面に飲みほすまでを映る電球/染野太朗〉電球の光を飲んでいたのかもしれない。〈先生が生徒を殴りていし頃のチョークケースのふた半開き/染野太朗〉チョークケースの半開きに何か暴力的な予兆(か記憶)を見たのかもしれない。〈阿佐ヶ谷のスターバックス コーヒーに人魚の内臓すこし溶かして/染野太朗〉あのコーヒーの苦味は人魚のはらわた味だったのか。

休職を告げれば島田修三は「見ろ、見て詠え」低く励ます 染野太朗