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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

小島ゆかり『ヘブライ暦』短歌新聞社

見失った日、『ヘブライ暦』を読む。〈水にほふ冬のはじめは街角にペンギンが立つてゐるかとおもふ/小島ゆかり〉黒と白のまだらが見えたのだろう、ペンギンと見間違えるくらいの。たぶん〈薬局を出でて冬陽のなかをゆく白髪の浦島太郎を見たり/小島ゆかり〉と似た脳からの幻視。〈エレベーター急降下せりひといきに臓を抜かるる感じとおもふ/小島ゆかり〉臓はわた、昔のエレベーターだろう。〈湿りある夜のしじまに百合咲き百合は獣のうなじをもてり/小島ゆかり〉百合の獣性について。しかし花族なので獣のうなじでしかない。〈空港の高窓青しこだまして声はもつともやはらかき音/小島ゆかり〉空港なので再会や別れの声だろう。〈蔑されてわれ鮮しき 捨てにゆくパインの缶の口のギザギザ/小島ゆかり〉ささくれだつ心を缶の口のギザギザの鋭い光が表す。〈いくたびか滅びしのちの世界にて真夏スプリンクラーが回れり/小島ゆかり失楽園的な夏へスプリンクラーの散水は止まらない。〈黒人の清掃員が袖で拭くトランペットは魚身のごとし/小島ゆかり〉清掃員はガベツジマン、生体のように、臓器の延長のように鳴る金管楽器