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生命とは死なしには存在しえないが/死後を知るものはいない(城戸朱理「海のメタファー」『海洋性』思潮社)
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何事も指示しえない暗喩が/影ばかりを深くする(城戸朱理「人生の正午」『海洋性』思潮社)
- 城戸朱理の用語としての「人生の正午」
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今、一羽の鳥が子午線を超えた(城戸朱理「真昼の覚醒」『海洋性』思潮社)
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「あらゆるひとびとが、すべて詩人である時代がやつてきた」1953年8月。全日本損害保険労働組合情宣部が発行した「心に未来を 全損保詩集」は、こんなメッセージを掲げている。(詩をつくる労働者たち 時代に染み通った「機械のなかの青春」)
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文化こそが、人が人の生存のためにつくり出した適応装置だという事実を確認する必要があるように思う。(北山忍『文化が違えば、心も違う?』岩波新書)
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文化とは、慣習と常識の複合体で、この複合体はしばしば生態条件に裏打ちされている。(北山忍『文化が違えば、心も違う?』岩波新書)
- 遺伝子が文化によって淘汰されている。
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文化は学習されるものである。たとえば、日本人として育つと、その文化にある慣習や常識を学習する。(北山忍『文化が違えば、心も違う?』岩波新書)
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文化とは当該の生態環境に対応した「生き方」、つまり、慣習とそれに関わる常識の複合体のことである。(北山忍『文化が違えば、心も違う?』岩波新書)
- Orhan Veli、トルコの詩人
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誤記からChatGPTが読み取った思想コア「文化は、誰かが無名のまま続けた行為の総体である」
- トルコ弓yay、Geleneksel Türk Yayı ・Osmanlı Yayı
- bakkal、トルコの地域密着型雑貨食料品店
- 牧民官としての内務官僚
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洞木に言わせれば、明治開国以来、その存在を嘲笑してはならない集団は二つしかない。二・二六決起将校と、大東亜戦争中の一部の内務官僚だ。将校達はその純粋さ、官僚達は、戦争勃発当時からすでに敗戦後のシミュレーションをやっていたというその優秀さ、においてだ。(村上龍『愛と幻想のファシズム(下)』講談社文庫)
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圧力はかけながらも、選挙管理事務は比較的誠実に実施されたことは特筆してよいだろう。(『内務省』講談社現代新書)
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しかし狩猟社のフィールドには、社会的なものは、何一つとして存在しないのだ。(村上龍『愛と幻想のファシズム(下)』講談社文庫)
- ミクロなレベルでの「ファシズムの練習」としての地方文化行政とクリエイターの癒着
- komun、トルコ語
- 新潟の萬代橋の落書きの件についての吉樂蕗さんの意見を読めば読むほどアートと落書きの違いが描いた人ありきでしかない。
- dörtlük(トルコ語四行詩)、韻はuyakもしくはアラビア語由来のkafiye
- 平韻 (Düz Kafiye): aaaa または aaab
- 民謡韻(Mâni Tipi Kafiye)はaaba
- mâniはkoşaとも。
- 交差韻 (Çapraz Kafiye): abab
- 抱擁韻 (Sarma Kafiye): abba
- Yarım kafiye(半韻)母音1つだけ一致(例:a / e)
- Tam kafiye(完全韻)2音以上一致、savaşとyaş
- Zengin kafiye(豊韻)3音以上一致、yaprakとağlayarak
- Cinaslı kafiye(語呂韻)同音異義語を使う韻(民謡に多い)
- 視覚韻。日本語だと暮と魯、墓と基とかかな。
- 沖縄のさし草
