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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』書肆侃侃房

〈秋の日のミルクスタンドに空瓶のひかりを立てて父みな帰る/佐藤弓生〉誰かの父であろうサラリーマンたちが牛乳を飲み干してどこかへ帰る。ミルクの語感と父のギャップが面白い。〈神さまの貌は知らねどオレンジを部屋いっぱいにころがしておく/佐藤弓生スピノザ的な汎神論か、オレンジを神の変状として散らし愛でる。〈遊園地行きの電車で運ばれる春のちいさい赤い舌たち/佐藤弓生〉遊園地までのにぎやかなおしゃべり。〈おびただしい星におびえる子もやがておぼえるだろう目の閉じ方を/佐藤弓生〉視界を閉ざすために必要なことはなんだろう。この肉体感覚は〈なんという青空シャツも肉体も裏っかえしに渇いてみたい/佐藤弓生〉の肉体にもある。〈コーヒーの湯気を狼煙に星びとの西荻窪荻窪の西/佐藤弓生〉星びとが隠れ棲むなら西荻窪周辺に決まっている。〈白の椅子プールサイドに残されて真冬すがしい骨となりゆく/佐藤弓生〉劣化した樹脂の椅子とか。〈ひづめより泥と花とをこぼしつつ犀は清濁併せ呑む顔/佐藤弓生〉犀の角のように犀が歩む。〈理容師の忘我うつくしさきさきと鋏鳴る音さくら咲く音/佐藤弓生〉「さきさき」のsk音とさくら咲くのsk音とが響く。〈はつなつのとむらい果ててねむる子の喉のくぼみに蝶ほどけゆく/佐藤弓生〉初夏の葬儀か、蝶ネクタイを蝶とかたちだけで言った。

たいせつな詩を写すごとショートヘアの新入社員メモをとりおり 佐藤弓生

 

 

中日歌壇中日俳壇2021年2月28日

島田修三選第一席〈きっちりと固く布巾を絞りたり不手際ばかりの今日の終りは/永田紀代〉いろいろあっても終わりはちゃんと〆たい。〈とり出した電池の余力なき重み撤回できる発言ありや/外川菊絵〉電池の冷たい重みを手に感じながら日々を思う。小島ゆかり選第二席〈ゆらゆらと雪が舞い散る時短期の居酒屋前を赤く照らして/伊藤敦〉赤提灯の灯を映しているのだろう。栗田やすし選第二席〈ふらここの揺れを残して登校す/野崎雅子〉朝から元気なのは春ゆえ。〈走り根の太き坂道芽吹き山/広中みなみ〉坂道だから走り根は太く張るのか。樹の生命力を感じる。長谷川久々子選〈囀や神木にして連理木/吉村倫子〉「連理木」に木肌の艷やかさを感じる。

郵便配達七つ道具

郵便配達に使う七つ道具を紹介する。


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ボールペン 配達証に署名してもらうときに渡す。局内で書類を書くときにも使う。3色ボールペンを使う人もいる。

ワセリン いわゆる白色ワセリン。冬の手指唇の乾燥防止、ケガの湿潤療法、花粉症防止などに使う。

目薬 目を酷使する仕事なので目薬はよく使う。個人的には赤い目薬が効きそう。

結束バンド ホームセンターで売っていた。なかに針金が通っている。ドアポストなどから誤配した郵便を掻き出すのに使う。

軍手 寒い日の局からとっつきまでの往復時の防寒や局内の力仕事に使う。

情報カード 情報カードをジョッターに入れておく。情報カードに「誤配しました。隣へ投函しておいてください。」や「ゆうパックは隣のお母様へ渡しました」などと書いて投函できる。メモ帳としても使える。

薬ケース 痛み止め(ロキソプロフェン)と絆創膏を入れておく。

『県民文芸』第六十集

ふじのくに芸術祭2020こと第60回静岡県芸術祭の短歌部門受賞作を読む。静岡県芸術祭賞「転移」より〈疲れはて眼おさえる我の背をおずおずと撫ず力なき手が/勝田洋子〉、冷たいけれどあたたかい手だったのだろう。奨励賞「冷蔵庫のなかの空」はもちろん省略、「父の昭和」より〈愛ほしみ育てられたる父なるを継父と聞かされし中三の冬/星谷孝彦〉「中三の冬」という沈黙がある。「西陽の波形」より〈水底を叩いたような紺の靴履いて晩夏の駅舎へ向かう/酒井拓夢〉「水底を叩いたような」から水色の鮮やかさが判る。「県境のスケッチ」より〈県境の字近づきて引売の軽トラは歌の音量上げる/木村德幸〉その実際も過疎地の詩となる。〈蟬の殻つけし鳥居が夕映えて九戸の字を守るがに立つ/木村德幸〉の鳥居の朴訥さもよい。準奨励賞「母の総譜」より〈差し伸べる手は何かしらざらついて薄紙一枚向こうの母の手/太田弘子〉「ざらついて」の感触はいつまでも残る。「天竜川・木火土金水」より〈廃鉱となりて久しき久根鉱山建屋を覆い葛の花咲く/野島謙司〉訪れてみたい。「半透明の世界」より〈時間が止まったゼリーの中半透明の世界で溺れた果実/山形陽子〉きっと蜜色に光る果実だろう。「山旅」より〈富士裾の青木ヶ原の樹海より青葉のさはぐ風の渡り来/鈴木昭紀〉風景が大きい。「父母」より〈九十の母われに言ふひきこもる兄は宝だ大事にしようと/海野由美〉そう言われても、「大事にしようと」という一人称複数が日本の田舎。入選「お地蔵さま」より〈ゆらゆらともじずり草の野を歩くひとりが好きでひとりが嫌で/大庭拓郎〉感情が捩花のように捩れる。「赤児」より〈新生児メレナで赤児の逝きしこと妻には言えず病室を出づ/磐田二郎〉悲壮である。

中日歌壇中日俳壇2021年2月21日

第67回不器男忌俳句大会で谷さやん選と平岡千代子選で〈吹けば児の周りへ集ふしゃぼん玉/以太〉が入選していた。島田修三選第三席〈道三の裔に嫁ぎし祖母の姉穏やかなりき砺波に眠る/佐賀峰子〉評のように道三、砺波も気になるが投稿者の土岐市も想像を誘う。〈あくびして古典文法覚えつつバスから見てた朝の人たち/井戸結菜〉動詞活用のような足取りの人たちだろう。小島ゆかり選第一席〈一週に一首つづけし投稿は我をとうとう百歳にせり/内藤善男〉百歳おめでとうございます。第二席〈正解はわからぬままに躾けたる娘は春に母親となる/森田ちえ子〉たぶんもう正解、島田修三選にも〈十二次となればお昼の用意して在宅勤務の夫と向き合う/森田ちえ子〉が載っている。栗田やすし選第一席〈予備校の昼より灯すぼたん雪/久田茂樹〉螢雪という言葉を連想させる。長谷川久々子選〈エプロンの結び目緩み春兆す/沓名美津江〉だらしなさが穏やかさへ変換される陽気。

銀杏文芸賞短歌の部入賞作

「銀杏」第二十号、令和二年度海音寺潮五郎記念文芸誌に掲載されている銀杏文芸賞短歌部門入賞作を読む。最優秀賞「その日待つ」より〈このまんま落ちてゆくならこわくない屍のポーズのレッスン中に/﨑山房子〉血管瘤の手術へ向けた連作、「屍のポーズ」が面白い。優秀賞「父の口髭」より〈つつましき夕餉に向けば甦る私語を禁じし父の口髭/松永由美子〉薩摩隼人である父の威厳の象徴としての口髭だったのか。優秀賞「八月」より〈戦熄みあの八月の青い空兵器図焼きしことを忘れず/本多豊明〉戦中の記憶を留める連作。以下は佳作、「空はまだ青」はもちろん省略。「群青と雲」より〈七夕に雲に隠れた天の川二人っきりで逢えただろうか/坂本妃香〉の逆転が良い。隠されているけれど自身の恋を感じる連作。「そらまめ」より〈口空けて眠れる夫の虚のなか歯は一本も無きぞ春宵/岸和子〉は驚く、生者とも亡者ともつかぬ。春から夏にかけての連作。「今日の半分」より〈タイムカード通してレジに立つ今日の半分がもう過ぎているころ/吉川七菜子〉徒労感が伝わる。スーパーマーケットなどのレジ係の連作。海音寺賞「無題」より〈生涯の悔の一つに連続の砲撃命ぜしことをもちて老ゆ/針持健一郎〉戦中の罪の記憶。なんのための砲撃だったのか。

ラテン語で短歌は?

ラテン語ウィキペディアによれば俳句はラテン語Haicu (haicu, haicus, pl. haicua, n)である。haicuはcornuと同じ第4変化名詞の中性名詞なのだろう。

短歌に該当するラテン語ウィキペディアのページはないけれど和歌に該当するWakaのページはある。wakaは第1変化名詞の女性名詞だとして長歌はwaka longa、短歌はwaka brevisになるかと思いきや、長歌はそう書いてあるが短歌はtankaとある。確かに長歌は和歌だが、和歌の賞短歌の賞は異なるように現代では短歌は和歌ではない。tankaもwakaと同じ第1変化名詞の女性名詞だろう。

imperator iaponiae saepe tankas scribit. 天皇はしばしば短歌を書きます。

tankasはtankaの対格・複数形である。

 

鈴木ちはね『予言』書肆侃侃房

子規記念博物館へ葉書を出した日、『予言』を読む。〈ザハ案のように水たまりの油膜 輝いていて見ていたくなる/鈴木ちはね〉曲りくねって豪奢に輝く油膜? そういえば、まだ東京オリンピックやっていない。〈どんぐりを食べた記憶があるけれどどうやって食べたかわからない/鈴木ちはね〉遺伝子に刻まれた原初の記憶というより、きっと絵本ですりこまれた記憶だろう。〈炊飯器の時計がすこしずれている 夏はもうすぐ終わってしまう/鈴木ちはね〉炊飯機の時計と夏の果、時という共通項でくくれるんだろうけれど、くくりきれなさが心地よい。この歌集で一番好きかも。〈ものすごい星空の下歯を磨くこともあるのかこの人生に/鈴木ちはね〉人らしく生きられない時代の、人生の星の時間として。〈交番に誰もいないのをいいことに交番の前を通りすぎた/鈴木ちはね〉「いいことに」が非凡。〈パンクしてしまった自転車を遠い記憶のように押して帰った/鈴木ちはね〉「遠さ」は人には理解できない。理解できないそれを触れるモノで表した。〈山眠る よく燃えそうな神社へと人びとの列ときどき動く/鈴木ちはね〉「よく燃えそうな神社」って神社としていいね。きっと初詣。〈パトカーの後部座席の質感をときどき思いだしたりしている/鈴木ちはね〉質感はそのときの感情とかのこと。〈静銀のあずき色した看板のうしろに正月の青い空/鈴木ちはね〉静岡銀行はむかしからお堅い、ほかの銀行よりも堅い。〈地下鉄の駅を上がってすぐにあるマクドナルドの日の当たる席/鈴木ちはね〉マクドナルドという悪所にある幸福の在り処。〈少しだけ未来のことを言うときの痛みのような静けさのこと/鈴木ちはね〉宿命論者になれない僕たちの未来への不確かな悲しさ。〈火をつけて燃やす大夫のアイコスと言えば三人笑ってくれた/鈴木ちはね〉レトロニムの逆かな。

 

予言

予言

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中日歌壇中日俳壇2021年2月14日

中日歌壇に投稿されている高津優里さんがNHK短歌に入選していた。島田修三選第一席〈バイクよりひらりと降りたる青年がヘルメット脱ぎ美少女となる/半田豊〉ヘルメットをとると長い髪が垂れていたら良い。第二席〈海よ鷗よ丘の上の蜜柑の樹よ空に詩集を放り投げし少年よ/八神正〉水平線→空→地上→詩集→少年という画面展開、勢いがある。〈闇からの抜け穴のごとき後の月二人を照らす尾花の土手に/影山美穂子〉酒井拓夢氏のフレーズ「この夜の出口と見紛う丸い月」を思い出す。二人は駆け落ちでもするのか。〈みすずかる信濃より賜びし冬りんご噛めばきりりと入れ歯にひびく/梓由美〉「入れ歯」のオチで笑う。小島ゆかり選第一席〈牡蠣小屋に牡蠣打つ人は息白く手の平に抱く冬の浜名湖/葛谷誠二〉湖の凝縮としててのひらにある牡蠣殻。第三席〈エレベータ開けば間近に表情を置き忘れたるごとき顔あり/半田豊〉半田さん両選者で特選。「間近」なのか。〈八十二歳の父にハートがいっぱいのLINEするわれ四十八歳/大鋸友紀〉微笑ましい。栗田やすし選〈研ぐほどに刃物の匂ふ寒の水/富田範保〉魚屋の包丁を思う。長谷川久々子選第三席〈車イス伊吹颪を押し返す/戸田実〉力強い腕を思う。

盛田志保子『木曜日』書肆侃侃房

〈泡志願少女は波にのまれゆく地に足つけてあゆめる痛み/盛田志保子〉ドキッとする。「地に足つけて」により、生活のために身を売る泡姫を思わせる。〈障子戸が開きむかしのいとこたちずさあっとすべりこんでくる夜/盛田志保子〉元気、いとこたちと遊んでいた頃の思い出が急に蘇るとき。これらのいとこたちは〈甲斐もなく死んでしまったいとこたち青い山道将棋倒しに/盛田志保子〉にも、いとこにはおそ松くんのような群体としての性質もありそう。〈暗い目の毛ガニが届く誕生日誰かがつけたラジオは切られて/盛田志保子〉切れてで七音にとどめず「切られて」字余り。ハッピバースデーの歌でも始まりそうな。〈紫陽花と肉体労働キッチンの床に寝て聴くジミ・ヘンドリックス/盛田志保子〉肉体労働で夏の火照ったからだにキッチンの床は冷たくて気持ちいい。目をつむり音楽を聴く。〈このヘッドホンのコードはみたこともない花びらにつながっている/盛田志保子〉どんな音が出るんだろ。〈春の日のななめ懸垂ここからはひとりでいけと顔に降る花/盛田志保子〉独立不羈の花だろう。〈クーリンチェ少年殺人事件興す青い力のなかで出くわす/盛田志保子〉台湾映画「牯嶺街少年殺人事件」揺れる電球、青い衝動。〈トラックの荷台に乗って風に書く世話になる親戚の系図/盛田志保子〉イランの部族社会に連なる避難民の光景。風に書くのはその連なりがきっと消え失せるから。〈三月のクラリネットの仄暗さやさしい人を困らせている/盛田志保子〉仄暗さは音の暗さだろう。手放しで喜べないような音色の。〈連絡がとだえたのちのやわらかい空き地に咲いたコスモスの群れ/盛田志保子〉空き地は心の空白でもある。

ばらばらにきみ集めたし夕焼けが赤すぎる町の活版所にいて 盛田志保子

 

 

中日歌壇2021年2月7日

島田修三選第一席〈豆を炊く香は部屋に満ちこの先は寺山修司はずっと年下/外山菊絵〉他の歌人や詩人の亡くなった齢を知りたくなった。第二席〈電話きて母の仮病に逢いにゆく青空のような嘘頷きに/小桜一晴〉昔は逆だったのかも。第三席〈深き秋色の褪せたる広辞苑に弟の引きし線の新し/八木儀一〉だんな言葉に線を引いたのか。小島ゆかり選第一席〈冬の日に陽の照り出でて機の影はカーテンの波渡りてゆきぬ/黒崎晃一〉常緑樹の影だろう。第二席〈天使とも悪魔とも言われ雪は降るただしんしんと雪としてふる/上農多慶美〉益鳥害鳥益虫害虫の話とも通じる。〈ベビーカーに乗らぬと決めて一歳ははと見て駈ける石見てしゃがむ/岡本洋子〉自我が芽生えたときの幼児は鳩のように気儘で石のように頑固。

正岡豊『四月の魚』書肆侃侃房

海際のカフェで『四月の魚』を読む。〈夢のすべてが南へかえりおえたころまばたきをする冬の翼よ/正岡豊〉はばたきはまばたきとなる。夢と空との浮遊感における相関が美しい。〈さかなへんの字にしたしんだ休日の次の日街できみをみかけた/正岡豊〉「さかなへんの字にしたしんだ」とは鮨だろう。〈ダスト・シュートにコナン・ドイルが幾冊か捨てられて水けむるビル街/正岡豊〉密閉された建築が探偵小説を生んだ。「水けむるビル街」は倫敦を思わせる。〈きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある/正岡豊〉なしとげられぬことは舟を燃やすことではない。燃えた舟のその先にあること。〈海とパンがモーニングサーヴィスのそのうすみどりの真夏の喫茶店/正岡豊〉真夏の思い出の明るさのひとつとして。〈ピアノの下ではじめてきみの唇が雨の匂いであるのに気付く/正岡豊〉それ以外だと眩しくて気づけなかった。〈きみをとらえて本当ははなしたくなくて夕闇の樹に風はあふれる/正岡豊〉樹の葉のふくらみという、夕闇から漏れるようにあふれる風よ、寂しさよ。〈きっときみがぼくのまぶたであったのだ 海岸線に降りだす小雨/正岡豊〉光を遮り眠りを与えるものとしてのきみ。〈さっきまで星の光にふれていし葉をもてすすぐ口中の嘘/正岡豊〉榊のような葉か、口内炎でもできたかのような嘘。〈酒色の甲虫羽根ひらく夜はわれらすきまなく肩寄せ眠る/正岡豊〉すきまなく肩寄せる様と甲虫の殻が閉じる様との共鳴。〈時刻表つまれていたる十月の書店にみどりの服を着て入る/正岡豊〉時刻表は旅の予感、みどりの服はみどりの窓口を連想させる。

砂運ぶ蛇 誰一人口きかぬ前進の国連派遣軍 正岡豊

 

 

中日歌壇中日俳壇2021年1月31日

島田修三選第一席〈新しき齢となればそのページ改めて読む『臨終図巻』/松本秀子〉評では山田風太郎『人間臨終図巻』とのこと。第二席〈鍬を振る媼その声甦りつつ田畑は更地へ均されていく/郷幸子〉不耕起栽培が叫ばれる今だが、かつては人の手によって田畑は維持されてきた。第三席〈ジャングルにオランウータンの孤児たちの学校ありと聞けば嬉しも/生路聡〉長野・大桑より。オランウータンは森の人の意だ。霊長類仲間への視線がある。〈数字のみ無味乾燥に並びたれど心ときめく時刻表の旅/松岡凖侑〉時刻表は長編小説だ。〈みどり児を撫づるが如く指先に洗ふ三寸の春のななくさ/高井佾子〉仮名に開かれたみどりとななくさの共鳴。〈初時雨・末枯れ野・木枯し・虎落笛眩しき言の葉連れて初雪/佐賀峰子〉冬も色がある。小島ゆかり選〈耐えている長い月日も歴史には多分一行コロナ流行/林建生〉人類史の転換期にならなければ歴史教科書にも載らないかもしれない。栗田やすし選第二席〈明日よりの採用通知七日粥/浅井厚視〉新入社員は何歳になっても落ち着かない。〈出漁を見送る老いの毛糸帽/岡島斎〉潮風にその顔は罅割れている。〈写経する筆の軽さよ寒椿/石川和男〉水茎ということばが似合う。長谷川久々子選〈新聞や抱いてくばりぬ小雪闇/松田勝平〉雪に濡れないように。

春日井建「未青年」『現代短歌全集第十四巻』筑摩書房

海際のスナックがカフェになっていた日、「未青年」を読む。〈空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし/春日井建〉美貌は晴れか曇りか。〈啞蟬が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる渇く/春日井建〉「砂にしびれて」の詩的ふるえとともに、愛を告げられない。〈童貞のするどき指にふさもげば葡萄のみどりしたたるばかり/春日井建〉「童貞のするどき指」に惚れる。柔肌なら葡萄の皮のように切れてしまう。童貞の手と言えば〈廃園に老童貞のなまぐさき手が埋めてゆく花の球根/春日井建〉も。〈声あげてひとり語るは青空の底につながる眩しき遊戯/春日井建〉青が眩しすぎる。〈若き手を大地につきて喘ぐとき弑逆の暗き眼は育つ/春日井建〉屈辱から立ち上がるのが若さ。〈くちびるを聖書にあてて言ふごとき告白ばかりする少年よ/春日井建〉誓い、しかしそれはすぐに破られるための誓い。〈内股に青藻からませ青年は巻貝を採る少女のために/春日井建〉漁村の恋の明るさ。〈獣皮吊る納屋にかくれて復員の父の節くれし掌を怖れゐし/春日井建〉獣皮が何かの護符になると信じたのか。〈子を産みし同級の少女の噂してなまぐさきかな青年の舌/春日井建〉そんなことは聴きたくなかったのだ。〈凭るれば地下の石柱つめたくてさんざめく都市を支へをり/春日井建〉地下鉄、そのつめたさが都市を支え、やがて崩れるかもしれないという予感もあり。〈だみ声のさむき酒場に吊られゐて水牛の角は夜ごと黝ずむ/春日井建〉都市の片隅の粗野な部分についての感興。〈免業日の青衣の友に送るため火傷の指にて記せる音符/春日井建〉刑務所の友へ、「火傷の指」というのが唐突で危険な仕事に着いてそうでいい。〈地下水が青き土層をえぐりゐて父母の結婚記念樹若し/春日井建〉地下と地上との同時投影、土地神の視点。〈少女よ下婢となりてわが子を宿さむかあるひは凛々しき雪女なれ/春日井建〉二択だけれど、人生はほぼこの二択しかない。〈救急車の尾灯せつなく過ぎしのちまた冷えびえと潮枯れし街/春日井建〉救急車に乗せた人がその町の最後の生者であったような。〈額伏せてうらさむき眼をもてあます水上家族の女人の生理/春日井建〉災害のなかの、人間という生物の定めとして、血は水に飲まれる。

壬生キヨム『作中人物月へ行く』白昼社

入野町にできたじゃじゃの私設図書館に入ったという『作中人物月へ行く』を読んだ。〈ああこれは昔、郵便飛行士を殺した雨と同じ甘さだ/壬生キヨム〉サンテグジュペリの死を思う。〈大切な日のため持っておくんだよいつも避けてた薄荷キャンディ/壬生キヨム〉薄荷キャンディは食べずにポケットに入れてときどき見るおくもの。〈星を食べたこどもは見ればすぐわかる ここにいる子は全員逃がすな/壬生キヨム〉何を見れば「わかる」のか想像をかきたてる。〈いつの日か協力してもいいけれどできれば敵のままでいようよ/壬生キヨム〉敵のままでいるという親しさ。〈永遠におんなじ時間にやってくる点灯夫となかよくなりたい/壬生キヨム〉点灯夫におのおじさんとルビがあるのがその世界の住人っぽい。〈消印がいくつも押された封筒を渡すときだけ痛む心臓/壬生キヨム〉なぜだろう、通ってきた距離を思うからか。〈黒ねこのしっぽを切ったら正面がどちらかわからなくなったのだ/壬生キヨム〉尻尾が正面あるいは﹁正面を示す機能を持っていた。〈トの文字を四角く囲む男性のたくさんものを持てるてのひら/壬生キヨム〉図あるいは圖の略字、トは占術の卜めく、図書館は可能性を持つこと。〈本のない図書館が木のない森に作られてここにいないわたくし/壬生キヨム〉例えばそれは眠りのない夢のような。

二度目には神経質の司書を抱くぼくが村上春樹の僕なら 壬生キヨム