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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

春日井建「未青年」『現代短歌全集第十四巻』筑摩書房

海際のスナックがカフェになっていた日、「未青年」を読む。〈空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし/春日井建〉美貌は晴れか曇りか。〈啞蟬が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる渇く/春日井建〉「砂にしびれて」の詩的ふるえとともに、愛を告げられない。〈童貞のするどき指にふさもげば葡萄のみどりしたたるばかり/春日井建〉「童貞のするどき指」に惚れる。柔肌なら葡萄の皮のように切れてしまう。童貞の手と言えば〈廃園に老童貞のなまぐさき手が埋めてゆく花の球根/春日井建〉も。〈声あげてひとり語るは青空の底につながる眩しき遊戯/春日井建〉青が眩しすぎる。〈若き手を大地につきて喘ぐとき弑逆の暗き眼は育つ/春日井建〉屈辱から立ち上がるのが若さ。〈くちびるを聖書にあてて言ふごとき告白ばかりする少年よ/春日井建〉誓い、しかしそれはすぐに破られるための誓い。〈内股に青藻からませ青年は巻貝を採る少女のために/春日井建〉漁村の恋の明るさ。〈獣皮吊る納屋にかくれて復員の父の節くれし掌を怖れゐし/春日井建〉獣皮が何かの護符になると信じたのか。〈子を産みし同級の少女の噂してなまぐさきかな青年の舌/春日井建〉そんなことは聴きたくなかったのだ。〈凭るれば地下の石柱つめたくてさんざめく都市を支へをり/春日井建〉地下鉄、そのつめたさが都市を支え、やがて崩れるかもしれないという予感もあり。〈だみ声のさむき酒場に吊られゐて水牛の角は夜ごと黝ずむ/春日井建〉都市の片隅の粗野な部分についての感興。〈免業日の青衣の友に送るため火傷の指にて記せる音符/春日井建〉刑務所の友へ、「火傷の指」というのが唐突で危険な仕事に着いてそうでいい。〈地下水が青き土層をえぐりゐて父母の結婚記念樹若し/春日井建〉地下と地上との同時投影、土地神の視点。〈少女よ下婢となりてわが子を宿さむかあるひは凛々しき雪女なれ/春日井建〉二択だけれど、人生はほぼこの二択しかない。〈救急車の尾灯せつなく過ぎしのちまた冷えびえと潮枯れし街/春日井建〉救急車に乗せた人がその町の最後の生者であったような。〈額伏せてうらさむき眼をもてあます水上家族の女人の生理/春日井建〉災害のなかの、人間という生物の定めとして、血は水に飲まれる。