以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』書肆侃侃房

〈秋の日のミルクスタンドに空瓶のひかりを立てて父みな帰る/佐藤弓生〉誰かの父であろうサラリーマンたちが牛乳を飲み干してどこかへ帰る。ミルクの語感と父のギャップが面白い。〈神さまの貌は知らねどオレンジを部屋いっぱいにころがしておく/佐藤弓生スピノザ的な汎神論か、オレンジを神の変状として散らし愛でる。〈遊園地行きの電車で運ばれる春のちいさい赤い舌たち/佐藤弓生〉遊園地までのにぎやかなおしゃべり。〈おびただしい星におびえる子もやがておぼえるだろう目の閉じ方を/佐藤弓生〉視界を閉ざすために必要なことはなんだろう。この肉体感覚は〈なんという青空シャツも肉体も裏っかえしに渇いてみたい/佐藤弓生〉の肉体にもある。〈コーヒーの湯気を狼煙に星びとの西荻窪荻窪の西/佐藤弓生〉星びとが隠れ棲むなら西荻窪周辺に決まっている。〈白の椅子プールサイドに残されて真冬すがしい骨となりゆく/佐藤弓生〉劣化した樹脂の椅子とか。〈ひづめより泥と花とをこぼしつつ犀は清濁併せ呑む顔/佐藤弓生〉犀の角のように犀が歩む。〈理容師の忘我うつくしさきさきと鋏鳴る音さくら咲く音/佐藤弓生〉「さきさき」のsk音とさくら咲くのsk音とが響く。〈はつなつのとむらい果ててねむる子の喉のくぼみに蝶ほどけゆく/佐藤弓生〉初夏の葬儀か、蝶ネクタイを蝶とかたちだけで言った。

たいせつな詩を写すごとショートヘアの新入社員メモをとりおり 佐藤弓生