以太以外

辷り台に脚を忘れた虫の闇 以太

『県民文芸』第六十集

ふじのくに芸術祭2020こと第60回静岡県芸術祭の短歌部門受賞作を読む。静岡県芸術祭賞「転移」より〈疲れはて眼おさえる我の背をおずおずと撫ず力なき手が/勝田洋子〉、冷たいけれどあたたかい手だったのだろう。奨励賞「冷蔵庫のなかの空」はもちろん省略、「父の昭和」より〈愛ほしみ育てられたる父なるを継父と聞かされし中三の冬/星谷孝彦〉「中三の冬」という沈黙がある。「西陽の波形」より〈水底を叩いたような紺の靴履いて晩夏の駅舎へ向かう/酒井拓夢〉「水底を叩いたような」から水色の鮮やかさが判る。「県境のスケッチ」より〈県境の字近づきて引売の軽トラは歌の音量上げる/木村德幸〉その実際も過疎地の詩となる。〈蟬の殻つけし鳥居が夕映えて九戸の字を守るがに立つ/木村德幸〉の鳥居の朴訥さもよい。準奨励賞「母の総譜」より〈差し伸べる手は何かしらざらついて薄紙一枚向こうの母の手/太田弘子〉「ざらついて」の感触はいつまでも残る。「天竜川・木火土金水」より〈廃鉱となりて久しき久根鉱山建屋を覆い葛の花咲く/野島謙司〉訪れてみたい。「半透明の世界」より〈時間が止まったゼリーの中半透明の世界で溺れた果実/山形陽子〉きっと蜜色に光る果実だろう。「山旅」より〈富士裾の青木ヶ原の樹海より青葉のさはぐ風の渡り来/鈴木昭紀〉風景が大きい。「父母」より〈九十の母われに言ふひきこもる兄は宝だ大事にしようと/海野由美〉そう言われても、「大事にしようと」という一人称複数が日本の田舎。入選「お地蔵さま」より〈ゆらゆらともじずり草の野を歩くひとりが好きでひとりが嫌で/大庭拓郎〉感情が捩花のように捩れる。「赤児」より〈新生児メレナで赤児の逝きしこと妻には言えず病室を出づ/磐田二郎〉悲壮である。