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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

盛田志保子『木曜日』書肆侃侃房

〈泡志願少女は波にのまれゆく地に足つけてあゆめる痛み/盛田志保子〉ドキッとする。「地に足つけて」により、生活のために身を売る泡姫を思わせる。〈障子戸が開きむかしのいとこたちずさあっとすべりこんでくる夜/盛田志保子〉元気、いとこたちと遊んでいた頃の思い出が急に蘇るとき。これらのいとこたちは〈甲斐もなく死んでしまったいとこたち青い山道将棋倒しに/盛田志保子〉にも、いとこにはおそ松くんのような群体としての性質もありそう。〈暗い目の毛ガニが届く誕生日誰かがつけたラジオは切られて/盛田志保子〉切れてで七音にとどめず「切られて」字余り。ハッピバースデーの歌でも始まりそうな。〈紫陽花と肉体労働キッチンの床に寝て聴くジミ・ヘンドリックス/盛田志保子〉肉体労働で夏の火照ったからだにキッチンの床は冷たくて気持ちいい。目をつむり音楽を聴く。〈このヘッドホンのコードはみたこともない花びらにつながっている/盛田志保子〉どんな音が出るんだろ。〈春の日のななめ懸垂ここからはひとりでいけと顔に降る花/盛田志保子〉独立不羈の花だろう。〈クーリンチェ少年殺人事件興す青い力のなかで出くわす/盛田志保子〉台湾映画「牯嶺街少年殺人事件」揺れる電球、青い衝動。〈トラックの荷台に乗って風に書く世話になる親戚の系図/盛田志保子〉イランの部族社会に連なる避難民の光景。風に書くのはその連なりがきっと消え失せるから。〈三月のクラリネットの仄暗さやさしい人を困らせている/盛田志保子〉仄暗さは音の暗さだろう。手放しで喜べないような音色の。〈連絡がとだえたのちのやわらかい空き地に咲いたコスモスの群れ/盛田志保子〉空き地は心の空白でもある。

ばらばらにきみ集めたし夕焼けが赤すぎる町の活版所にいて 盛田志保子