海際のカフェで『四月の魚』を読む。〈夢のすべてが南へかえりおえたころまばたきをする冬の翼よ/正岡豊〉はばたきはまばたきとなる。夢と空との浮遊感における相関が美しい。〈さかなへんの字にしたしんだ休日の次の日街できみをみかけた/正岡豊〉「さかなへんの字にしたしんだ」とは鮨だろう。〈ダスト・シュートにコナン・ドイルが幾冊か捨てられて水けむるビル街/正岡豊〉密閉された建築が探偵小説を生んだ。「水けむるビル街」は倫敦を思わせる。〈きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある/正岡豊〉なしとげられぬことは舟を燃やすことではない。燃えた舟のその先にあること。〈海とパンがモーニングサーヴィスのそのうすみどりの真夏の喫茶店/正岡豊〉真夏の思い出の明るさのひとつとして。〈ピアノの下ではじめてきみの唇が雨の匂いであるのに気付く/正岡豊〉それ以外だと眩しくて気づけなかった。〈きみをとらえて本当ははなしたくなくて夕闇の樹に風はあふれる/正岡豊〉樹の葉のふくらみという、夕闇から漏れるようにあふれる風よ、寂しさよ。〈きっときみがぼくのまぶたであったのだ 海岸線に降りだす小雨/正岡豊〉光を遮り眠りを与えるものとしてのきみ。〈さっきまで星の光にふれていし葉をもてすすぐ口中の嘘/正岡豊〉榊のような葉か、口内炎でもできたかのような嘘。〈酒色の甲虫羽根ひらく夜はわれらすきまなく肩寄せ眠る/正岡豊〉すきまなく肩寄せる様と甲虫の殻が閉じる様との共鳴。〈時刻表つまれていたる十月の書店にみどりの服を着て入る/正岡豊〉時刻表は旅の予感、みどりの服はみどりの窓口を連想させる。
砂運ぶ蛇 誰一人口きかぬ前進の国連派遣軍 正岡豊