以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

楠誓英『禽眼圖』書肆侃侃房

太さが一歳児の胴回りくらいあり、大人の背丈ほどの長さのある鰻を三匹、大きな睡蓮鉢に飼う夢を見た日、楠誓英『禽眼圖』書肆侃侃房を読む。〈自転車が倒れ後輪は回るまはるさうして静まるまでを見てゐき/楠誓英〉自転車を起こそうとしない、ただ車輪が止まるのを見ているというのは児戯のようであり、無気力の世界だ。〈轢かれたる獣の皮がこびりつき車道しづかに恩寵を受く/楠誓英〉轢死獣は胙だった。〈伏せられしボートのありてこんなにも傷はあるんだ冬の裏には/楠誓英〉ボートの裏を「冬の裏」とする断定は詩ならでは。〈海に花手向けるときのくらさにて少女は抱いた子猫を放す/楠誓英〉「くらさ」は現実の景色ではなく心象風景だろう。〈夕ぐれの名の無き橋をすぐるとき無名の闇になりてゆくかも/楠誓英〉名の無い橋を過ぎたものは名を喪う。〈大瀧の落つる先にも小さき瀧どこまで一つの時間なのだらう/楠誓英〉時間にいまとルビ、瀧と時間は流れてゆき二度と戻らない。〈電球をかへてうつむく少年は眼窩の深きひとりの男/楠誓英〉電球をさすソケットと眼窩の共通項に触れようとしたのかもしれない。〈薄明をくぐりて眠るわがからだ枕の下を魚が泳ぎぬ/楠誓英〉「魚」は安心感の表れ。

飛び立つた空の深さをおもひけり有刺鉄線にこびりつく羽根 楠誓英