以太以外

辷り台に脚を忘れた虫の闇 以太

石川美南『砂の降る教室』書肆侃侃房

折込チラシと段ボールで七夕飾りを作った日、『砂の降る教室』を読む。〈親知らずの治療控へてゐるごとき夕立雲を見上げをるなり/石川美南〉不安と郷愁と逃亡癖とが積み重なったような夕立雲だろう。〈半分は砂に埋れてゐる部屋よ教授の指の化石を拾ふ/石川美南〉この古い校舎が実在しなくても構わないと思えてくる、地点の記録。〈満員の山手線に揺られつつ次の偽名を考へてをり/石川美南〉駅ごとに名前と人生がある。〈海底の匂ひをつけて帰る人 開けつぱなしのピアノのやうに/石川美南〉そうかピアノの内側のあの匂いは海底の匂いだったのか、音もまた海底の音。〈虫籠を二時間かけて選びたり森の暗闇ども覚悟せよ/石川美南〉風の谷のナウシカの逆、近代科学的な思考としての「覚悟せよ」。〈カーテンのレースは冷えて弟がはぷすぶるく、とくしやみする秋/石川美南〉高貴と見せかけて学校生活という卑俗に裏打ちされている。〈グランドピアノの下に隠れし思ひ出を持つ者は目の光でわかる/石川美南〉自作の「海底の匂ひ」からの連想だろう。〈ブラインドに藤棚映り書評でしか知らない本のやうな明るさ/石川美南〉本物を知らないほうがよいこともある。