以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

吉田隼人『忘却のための試論』書肆侃侃房

目が覚めてしまった午前三時に『忘却のための試論』を読む。〈旋回をへて墜落にいたるまで形而上学たりし猛禽/吉田隼人〉決して幾何学ではない、まず見えもしない。〈枯野とはすなはち花野 そこでする焚火はすべて火葬とおもふ/吉田隼人〉生と死は表裏であり同面で起こりうる。〈わが脳に傘を忘るるためだけの回路ありなむ蝸牛のごとき/吉田隼人〉私の脳のぐちゅぐちゅの部分として。→〈もう傘をなくさぬ人になりにけり、と彫られて雨滴ためる墓碑銘/吉田隼人〉も。傘忘れという属性。〈季節ごとあなたはほろび梅雨明けの空はこころの闇より蒼し/吉田隼人〉「蒼し」が深い、ほろびののちに心の隅々までその色に濁る。〈喪、といふ字に眼のごときもの二つありわれを見てをり真夏真夜中/吉田隼人〉それらは死者の世界からの視線。〈わづらひてねむりてさめて雨ふりのどこかラジオのうたごゑがする/吉田隼人〉遠くのラジオは何かの予兆のように聴こえることがある。〈おつぱいといふ権力がなつふくの女子らによつて語られてゐる/吉田隼人〉乳房は権力、パイスラッシュは権威。〈霊といふ字のなかに降る雨音をききわくるとき目をほそめたり/吉田隼人〉雨冠の漢字のなかで霊はもっとも雨から遠いかも。〈ゆめにのみいづる土地ありそのゆめにかきかへられてゆく地政學/吉田隼人〉夢の土地は現実の土地を支配する。なぜなら人々には現実を離れ、夢へ旅立とうとする力能があるから。〈きたよりのしほかぜうけて歸化植物もきみの恥毛もつめたくなびく/吉田隼人〉あたたかくそよぐのではなくつめたくなびく。凍るかのように。

政體の性感帶にふるるときうみのくろさにゆびはそまりぬ 吉田隼人