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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

所以110

  • 私にとって演劇を創るという行為は、とりもなおさず、私に見えている世界を社会に向けて開示するということだ。(平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書
  • 戯曲を書くにあたって、テーマを先に考えてはならない。(平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書
  • 他の言い方をすれば、おそらくテーマはすでに、あなたの精神に内在しているのだ。(平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書
  • さらに別の言い方をすれば、私たちは、先にテーマがあって、それを実現するために作品を創るのではなく、混沌とした自分の世界観に何らかの形を与えるために表現をするのだ。(平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書
  • 単純な主義主張を伝えることは、もはや芸術の仕事ではない。(平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書
  • 演劇は、観客の想像力に委ねる部分の多い表現である。(平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書
  • その新しい共同体の形成にとって、演劇の果たす役割は、小さくはない。(平田オリザ『演劇入門』講談社現代新書
  • かわりばんこに観客が演者になるかもしれない演劇、かわりばんこに市民が支配者(為政者)になるかもしれない民主制。
  • タイガーバウム味の白米
  • 統合失調症にしてアナーカ・フェミニストの高島鈴、躁鬱病自殺未遂仕事が増えた高松霞、の鳥居など。
  • 精神疾患フェミニスト状の運動的情熱とはどちらが先なのか気になる。鶏が先か卵が先か。
  • レイプされかけたことを公表した7日後に早めに子作りOKな結婚相手を募集する心境とは?
  • ただ、不幸な人ほど幸福アピールをしたがる。
  • 自分が社会とうまく折り合いがつかない状態だから社会を変えようとするのか? 社会を変えようとしているために他者の役に立たない自分が社会とうまく折り合いがつかない状態になるのか?
  • 自己都合で変えられてしまう社会もかわいそう。
  • フェミニストアナーキストも加害者マインドかつ暴力的マインドが必要不可欠だ。
  • 9月から新しく社会人になる新卒には、被害者マインドになるな、常に加害者マインドでいろ、と説きたい。そのほうが日々充実するしなぜか仕事もうまくいく。
  • 被害者マインドはうまく利用されるだけ。
  • 加害者マインドでいろ、は加害者になれ、ではない。
  • SNSの発達で群衆が作家を推すようになり、精神疾患が推されやすくなった。作家や作品ではなく、精神疾患が持ち上げられるようになった。そのため精神疾患になりたがる人が増えた。
  • 作家であることも人であることを辞めた人たち
  • 宮島めいは腹筋がすごい。
  • 自分の作品に自信があれば作家は精神疾患アピールはしない。作品への評価に精神疾患色がつくのを嫌がるから。あるいはそこまでの想像力さえないか。
  • 彼らに消えてほしいわけではないけれど、精神疾患アピールだけで目立っている作家が消えてくれないと良い文芸界にはならない。彼らが居座っている文芸界はセクハラと縁故が蔓延する文芸界とさほど変わりはない。
  • 「あの人って発達障害っぽいよね」は自己の言動を正当化するために使われる。
  • 「私は発達障害っぽいよね」は批判を避ける、自己防衛のために使われる。
  • 「あの人って発達障害っぽいよね」「私は発達障害っぽいよね」双方の利害関係が一致することがあるとコミュニケーションが潤滑になる。
  • 発達障害という言葉が便利なコミュニケーションツールになっている。

所以109

  • だから、若者たちが、定職を持たなくとも、何とか、生計をたてていくことができたのは、時、まさに、高度経済成長期だったからに他ならない。(風間研『小劇場の風景』中公新書
  • 日本ではまだ、演出という概念が人びとの間に浸透していないから誤解している人は多いが、本来、演劇とは、時代と社会というコンテクストのなかでこそ語られるべきだろう。(風間研『小劇場の風景』中公新書
  • こうなると、これは、現実の自分とは違ったもう一人の自分といった、変身願望の代償行為としての演劇に近いものということになるだろう。(風間研『小劇場の風景』中公新書
  • 俳優は、台詞を与えられると、どうしてもその台詞をうまく言おうとして、台詞に意識が集中しがちになり、力が入ってしまいます。その台詞に集中しがちな意識を、様々な負荷をかけることによって分散させていこうというのが、私の台詞に対する考え方です。(平田オリザ『演技と演出』講談社現代新書
  • 「間をとる手前は、コンパクトにする」(平田オリザ『演技と演出』講談社現代新書
  • 私が提唱してきた現代口語演劇は、複雑なものを、複雑なままに、全体の解像度を高めていく新しい方法論です。(平田オリザ『演技と演出』講談社現代新書
  • 「この人には虚言癖がある」という先入観があると、これを疑ってしまえる。【リンク先は閲覧注意】
  • 足の調子がよくないという鳥居さんは、主催者の勧めで椅子に座って聞いていたが、やがて感極まったのか、立ち上がって祝辞に耳を傾けた。(セーラー服の歌人・鳥居 授賞式で涙こらえ「私は短歌が一生好きです」
  • ↑ライターの人、何かを意図して書いたとも読める。
  • 言えることは、鳥居女史は戦略的に賢いということだけだ。
  • 自分のからだは自分のもの、私のからだは私のもの my body is mine.。
  • 自分のからだの範囲はどこまでだろう。
  • 自分の意志で動く範囲がからだなら自分の心臓など不随意筋でうごく部分は自分のからだではない。逆に自分の声で反応するたとえば他人の心臓は自分のからだと言える。
  • また物理的に傷つけられたとき痛みを感じる範囲が自分のからだなら、共感してくれて痛みを感じる他人のからだも自分のからだだ。
  • 感覚のあった範囲が自分のからだならば、服はもちろん髪や角質は自分のからだではない。
  • 自分のからだと他者のからだに明確な線をひきたがる人は自国と外国のあいだに明確な国境線をひきたがる。
  • 都市国家の曖昧な境界と曖昧な身体。領域国家の成立と自己身体の確立。
  • 六〇年代の小劇場運動の背景に、濃淡の差はあっても、かなり普遍的にこうした「闘争体験」があったことは注目していい。ことにそれが、六〇年安保闘争をきっかけに、日本共産党などの既成革新政党とは絶縁して、新しい急進的な前衛組織を作ろうとした新左翼のグループが登場した時期の闘争体験だったことは重要である。(扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書
  • 彼らが新劇の大手劇団に入ろうとはせず、苦しくても自前の小劇団を結成した動きは、時代の動向としては、新左翼の諸党派の動きと確実に並行していた。(扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書
  • 現代演劇は人間をもっぱら社会的存在としてとらえ、その葛藤を描いてきたが、太田は枠組みをさらに大きくし、自然や宇宙の中にある「生命存在」として人間を重視する。自然や宇宙の視点をもつ以上、そのテンポは私たちの日常のテンポを大きく超えたものにならざるをえない。(扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書
  • ↑太田省吾
  • 寺山によれば、演劇は演劇でなくなることによって、変革されなければならなかったのだ。(扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書
  • 寺山修司天井桟敷
  • 野田秀樹のドラマの根本にあるものは何か。/それは人類や歴史が進化し、分化するはるか以前の、すべてが無垢でしあわせな一体感のうちにまどろんでいた始原の状態にさかのぼろうという衝撃と情熱である。(扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書

所以108

  • 8月2日(水)河骨が咲いた。木蓮木瓜の花、額の花、河骨、金木犀山茶花あたりが好きな花だ。
  • 俳句結社麦の会、収穫祭で第一位になった。俳句連作30句「人新世の空
  • 地方美術ボス the lcal art bossとは、のちに芸術社会学の用語に加わるだろうタームで、首都圏や関西以外の地方美術界の顔役となる芸術家のこと。
  • あるいは、地方都市の美術館やアートセンターや協働センターなどでアートイベントや展示会やワークショップを主催する、資金調達に長けた芸術家のこと。
  • 地方都市のアトリエやアートセンターでのワークショップに参加すると主催者の挨拶や対応が他の参加者と違うのですぐに地方美術ボスを見分けられる。
  • 一般参加者へ:座ったまま「いらっしゃいませ」。地方美術ボスへ:バンザイして入口まで出迎え「来てくださったんですねー!」
  • つまりは地方美術大ボスへ地方美術小ボスが挨拶し、小ボスは大ボスの象徴的権威の継承を目論む。
  • 地方美術ボスが存在すると縁故主義に陥りやすく、新しい美術は生んでも新しい美術の価値は生まない。
  • 地方美術ボスは能力至上主義者と対立しやすい。
  • 地方美術ボスが存在する限り、地方都市民はやや低質な後進美術をありがたい美術としてありがたく甘受していく他ない。
  • しかし地方美術ボスの資金調達能力がなければ地方都市のアートイベントは減るだろう。また、東京や大阪などのアーティストが地方都市へ下りて来てワークショップを開催するだけのアート中央集権制を確立させてしまう。
  • 地方美術ボスは必要悪だ。ほんとうに必要なのはボスの排除ではなくボスのすみやかな交替である。
  • 国政に携わる政治家が庶民と同じ感覚だと困る。
  • 水戸天狗党、とくに田中愿蔵のジャンギリ隊の悪行のために暴力的な革新派(尊皇攘夷派)と印象づけられる。それは平和的な保守派(佐幕派)と比較される。
  • 明治維新後の明治政府は「暴力的な革新派」を中心に成立し、大東亜戦争の破滅に至るまで暴力のままに拡張戦争を続けた革新政府である。
  • 一方で戦後民主主義に基づく平和的な保守政府に反抗して、革新政府によって行われるはずだった未遂の本土決戦を遂行すべく水戸天狗党とおなじように内ゲバをくり返しながら長野県=信濃国へ踏み入ったのが連合赤軍
  • 連合赤軍には水戸天狗党尊皇攘夷の遺伝子が継承されている。
  • 水戸天狗党連合赤軍を並べるとき、平和的な保守政権(徳川幕府戦後民主主義)への反抗を軸にすると捉えやすい。
  • 大河ドラマは1963年スタート、60作品中24作品に徳川家康が登場する理由は簡単で、対外平和を唱える戦後民主主義政府が徳川幕府を倒した明治政府を乗り越えるべく成立したという〈敵の敵は味方〉論法に則っているから。

所以107

  • 武蔵野探勝のような遠州探勝を。風景の領土化のための俳句・短歌・詩の吟行を。
  • 名古屋で流行った文化やカルチャーは2年遅れて浜松へ到達する、らしい。
  • 観光客とはなにか。ここまで述べてきたとおり、それはまずは、帝国の体制と国民国家の体制のあいだを往復し、私的な生の実感を私的なまま公的な政治につなげる存在の名称である。それはネグリとハートが提案したマルチチュードの概念に近い。/マルチチュードは、共産主義の長楽のあと、反体制の運動の可能性に対して肯定的に言及するときに使うことができる、哲学に残されたほとんど唯一の概念である。(東浩紀『観光客の哲学』ゲンロン)
  • 観光客こそが、その郵便的マルチチュードである。(東浩紀『観光客の哲学』ゲンロン)
  • 郵便的とはここでは、あるものをある場所にきちんと届けるシステムを指すのではなく、むしろ、誤配すなわち配達の失敗や予期しないコミュニケーションの可能性を多く含む状態という意味で使われている。(現実の郵便事業の関係者は嫌がる用法かもしれないが)。(東浩紀『観光客の哲学』ゲンロン)
  • ↑そんなことないよ。
  • 観光の本質が情報の誤配にあること、そしてその誤配がある種の啓蒙に通じていることを示している。(東浩紀『観光客の哲学』ゲンロン)
  • 郵便的不安は、ぼくの死とあなたの死を、あるいはぼくの生とあなたの生を、ともに交換可能なサンプルとして扱う、その数の暴力に日常的に曝されることで生まれる不安である。(東浩紀『観光客の哲学』ゲンロン)
  • ヒトの体温まで気温が上がるとキツい。
  • 宮崎駿監督作品「君たちはどう生きるか」の牧眞人は碇シンジ、ヒミさんは綾波レイ。父親と会話(側頭部にケガをしたときの鉄道の話とか)が通じないのは碇ゲンドウだから。あるいは眞人の父親は、航空部品会社を経営しており、オイディプス的国家とも言える。
  • 君たちはどう生きるか」、ストーリーを楽しむというより、構図と絵画美そしてジブリ過去作との類似構図を楽しむアニメだ。
  • 君たちはどう生きるか」、ヒサコの書き置きはヒサコ=ヒミの証拠となる。
  • 君たちはどう生きるか」、声優ヒミのあいみょんの張りのある声がいい。「すばらしじゃないか」は泣かせる。
  • FCIV.NET 立体的なcivilization
  • 〈東京で内定を得し子の電話切れば一人の部屋の静けさ/湖西市 佐藤きみ子〉と〈夕影に網打ち鮎を捕へゐし天竜川の父のまぼろし浜松市 松井惠〉遠州の歌詠み。(朝日歌壇2023年7月30日馬場あき子選)
  • 自発的に他人のために、或いは社会のために働く人はめったに心を病まない。「自分のために」が少しでも差し挟まれるとたちどころに心を病む。
  • 全員ではないが、一部の心を病んでいる人の行動原理に「他人のために」「社会のために」がない。かつて全体主義的だとしてこれらの理念が排除されそれが持続されているために心を病まなくてもいい人が現在心を病んでいる可能性がある。
  • アドラー心理学の共同体感覚と(自己満足な)貢献感に偏り過ぎか?

所以106

  • 輪郭のはっきりした絵はそれが何を表現しているのかを明確に伝えたい。
  • 奄芸郡林城安芸郡芸濃町林)、長野工藤氏の一族林裕行や林重越の居城(林城屋敷城/古城盛衰記)だったか? 亀山城主関盛信やその家臣の鹿伏兎定信に林氏は林城を逐われる。
  • 言語の力を信用する人は、国会議員を信用できる。どちらも代行主義だから。
  • 現代のメディア的状況は、私には天使主義的であり、古代のグノーシス主義の再来の側面があるように思われる。(山内志朗『中世哲学入門』ちくま新書
  • ↑唐突だな。
  • 山田晶テーゼ〈エッセンチアはエッセにおいてエクシステレスする〉
  • 物憂く廻転する椅子の上に/目の赤い魚が一匹乾いてゐた(吉岡実「昏睡季節Ⅰ」『吉岡実全詩集』筑摩書房
  • 砂の上に日曜日が倒れてうづまる(吉岡実「昏睡季節Ⅱ」『吉岡実全詩集』筑摩書房
  • 繋辞に相当するものは、古代中国語にもアラビア語にも存在しなかった。(山内志朗『中世哲学入門』ちくま新書
  • 自存する存在そのもの(ipsum esse subsistens)を認識するのは神の知性だけであり、神の本質を認識することは人間の自然本性的能力を超えている。(山内志朗『中世哲学入門』ちくま新書
  • 神においては存在(esse)と本質(essentia)は同一である。(山内志朗『中世哲学入門』ちくま新書
  • アラビア語で〈もの〉はシャイウشيء
  • アラビア語のシャイウは特異な概念であり、存在と非存在を含むとされる。事物は刹那滅の相にあり、存在と非存在が交互に交替するものとされる。(山内志朗『中世哲学入門』ちくま新書
  • 無限なる実体の海 pelagus infinitae substantiae
  • 短詩型文学も含めて日本の近代文学は、日本文学の古来の「伝統」を、基本的には「女」に分担させることで「男」性としての西欧リアリズム(写生)の導入を図ることができたと言えるだろう。(「俳句(=男性原理)におけるフェミニズムの系譜」『絓秀実コレクション2』blueprint)
  • 当事者主義は万能でないどころか、必ず頽廃する。(「当事者中心主義の彼岸」『絓秀実コレクション2』blueprint)
  • 全ては終わったと言うことによって、終りを引き延ばしにかかろうとするのがポストモダニズムである。(「ビールはポストモダン的な飲み物である」『絓秀実コレクション2』blueprint)
  • セクハラが当然にも社会的に禁じられているにもかかわらず、セクハラを自らに禁じることがレイプに通じてしまうのと同様である。(「「男らしさ」のディレンマ」『絓秀実コレクション2』blueprint)
  • サラリーマンは、全く栄養バランスを欠いたフルコースを食べることによって、今日のグルメ志向や健康幻想を嗤っていると言って良かろう。(「ラーメンはアンチ・グルメのフルコース」『絓秀実コレクション2』blueprint)

 

所以105

所以104

  • 現代社会の基盤は現代思想がつくり、現代詩歌が先導し、現代詩歌を参照した現代芸術があとから続く。
  • 現代詩歌が先導するのは着想から完成までが最短だから、特に現代短詩は。ライフサイクルの短い生物のほうが進化が速いように、現代詩歌は頻度が高いため先導する可能性が高い。
  • いま現代日本社会の混乱と停滞は、現代詩歌を誰も参照しなくなったこと、現代芸術が自らも現代詩歌が可能だと過信したことに原因がある。
  • 四歳児は睡眠時のかかと落としが激しくなる。ふくろはぎや足裏を中心にマッサージして足裏にタイガーバーム(薄荷成分)を薄く塗るとかかと落としが緩和される。
  • ギョサン
  • 「少女論」とは少女が無であることを知るがゆえに、それを「敗北」として享楽しようという態度を指す。(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫
  • 承認欲求は悪いものではない。ただ、同等な外向きの力を伴わないと欲求は実現されにくい。他者を楽しませるか、他者を批判するか、どちらでも構わないが他者へ働きかける力が担保として必要だ。
  • 【自由副刊】【書與人】我必須在詩裡坦白 - 鯨向海談《A夢》
  • 「………お………よそう」「へっ?」「おれ、飲むのよすよ」「どうしてさァッ?」「また夢ンなるといけねェや」(「芝浜」『志ん朝の落語5 浮きつ沈みつ』ちくま文庫
  • 要するに一人で書いていてもガタリのなかには「複数の誰か」がいる。(上野俊哉『四つのエコロジー河出書房新社
  • 響存 vibrant resonating existence
  • ガタリがエコソフィーという言葉を使うようになったのは、主体/主観性の概念そのものを変容にみちびく出来事の持続可能はプロセスを大文字の「革命」、とりわけ「党」によって主導される変革にではなく、自然から社会、精神――および本書の読みとしては情報――までをふくむミクロな生態系や環境系において/を通してとらえようとしていたからではないか。(上野俊哉『四つのエコロジー河出書房新社
  • つまり減速もまた、加速主義accerationismの一部と見なすことができる。(上野俊哉『四つのエコロジー河出書房新社
  • 科学、哲学、芸術はそれぞれにカオスに接近しながら、カオスの娘、カオイドとしてそれぞれに自分の仕事をおしすすめる。そしてそれぞれが自らの営みにおける非科学、非哲学、非芸術に接近する。自らに反するものに出会うことによって三つの領域は自らをゆたかにする。(上野俊哉『四つのエコロジー河出書房新社
  • 特にガタリが日本に着目したのは、そこでは古代的、もしくはアルカイックですらある主体感(主観性)を最も「進んだ」生産形態に物質的にも社会的にも接ぎ木していて、それによって奇跡的な経済成長をとげていたからだった。(上野俊哉『四つのエコロジー河出書房新社
  • 貯蔵庫・蔵 reserve reservoir、非物質で非物体の出来事は体現されない、それは純然たる蔵だ。
  • モナドが自らの境位を超えるという、モナドジーを超えたノマドジー
  • 自由港 自由港書店

所以103

  • 何人かの禿頭がひっついて一個の月になった。(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『戦争と世界』土曜社)
  • 近代短歌を読んだあとより和歌を読んだあとの方が作る現代短歌の質が上がる現象。
  • これは詩的発想にとって大事なのは読んだ文字列より読んで得た想像の方だからだろう。
  • 詩的発想にとって大事なのは隔たりの遠さ。
  • おそらく、/もう/時間というカメレオンには/色が一切残っていないのだ。(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『戦争と世界』土曜社)
  • 取りこぼされた他者を見出し、より根本的で普遍的な理論を展開し、その際は極端まで突き詰めて、常識と対峙する新現代思想
  • こうなると哲学はほとんど、詩が行おうとするような、常識的な言葉遣いでは表現できないものを表現するという領域に踏み込んでいます。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • メイヤスーは、人間がどう意味づけるかに関係なく、ただ端的に存在している事物があり、そしてそれは一義的に何であるかを言える、つまり、唯一の真理として「これはこうというものだ」と言える、という主張をします。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 世界は謎の塊ではない。散在する問題の場である。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 自由間接話法 discours indirect libre
  • 無人島 île déserte
  • ドゥルーズがここで言わんとしているのは、無人状態の島に誰かが一人ぽつんと置かれたとしても、この非-無人状態――島という客体に人という主体が住まう状態――が直ちに発生するかどうかは疑わしい、ということである。(國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』岩波現代全書)
  • もうひとつの日本の道という眩暈。東京が西洋資本主義の東の首都たることを拒否し、第三世界の解放の北の首都になるという、目眩のするような道(フェリックス・ガタリ、杉村昌昭訳「誇らしげな東京」『エコゾフィーとは何か』青土社
  • 地図作成、脱領土化、生成変化
  • マルクス主義アナーキズムに対して――日本のみならず――世界的に勝利した理由は、後者が「歴史の必然」を論証できないことにあったことは明らかである。(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫
  • 無人島と他者の理論によってその原光景が描かれ、自我も統覚も意識も前提としない、真に超越論的な発生素としての出来事が発見された。(國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』岩波現代全書)
  • 分析的方法は、与えられた事実、つまり結果から出発し、それを細かく分析することで原因に到達しようとする。それに対し、総合的方法は、あらゆる物事がそこから出来する原理、すなわち原因から結果に向かって進む。(國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』岩波現代全書)
  • そこで争われたのは、まず何よりも、芸術的センスの有無が同時にニューレフトのアイデンティティーを保証するという問題なのであった。(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫
  • しかし、失敗を目指すことはできない。失敗は、目指した途端、失敗ではなくなるからである。(國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』岩波現代全書)
  • 自由間接話法を用いて哲学者を論じていた時のように、語っているドゥルーズは語られる側にあるガタリに生成変化している。(國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』岩波現代全書)
  • 〈病理説〉と〈はけ口説〉として知られる、マスターベーションの動機に関する仮説は、オートセクシュアルな行為を明確な進化的目的とは無縁な、性的衝動から派生する行為としてみなしている。(自慰の起源は4000万年前──その進化上のメリットが明らかに
  • 〈交尾後の淘汰説〉は、霊長類のオスはマスターベーションをより早く射精に至り、メスとの交尾に備えて、受精の可能性を高めるより新鮮で高品質な精子をつくる手段として用いているというもの。もうひとつが、自発的な射精によって尿道を洗浄し、病原体を排出することで性感染症の蔓延を防ぐという〈病原体回避説〉だ。(自慰の起源は4000万年前──その進化上のメリットが明らかがたりに
  • ガタリは思想家ではなく詩人になるべきだったのでは。
  • 構造は一般性の次元に属する。そこでは、各項が取り替え可能である。それに対して、機械は反復の次元に属している。反復は置換不可能・交換不可能な特異性に関わっている。(國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』岩波現代全書)
  • どんな出来事も日付をもっている。そして、同じ日付は二度と繰り返されない。機械は日付のある出来事を扱う。それは、つまり時間を扱うということであり、歴史を扱うということである。(國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』岩波現代全書)
  • 旅人に雨降りかかり春来たる/池上浩山人
  • 耳にウォークマンをつけて徘徊している若者たちに住み着いているのは、彼らが生まれた土地からはるか離れたところで産出されるリトルネロにほかならない。(フェリックス・ガタリ、杉村昌昭訳『エコゾフィーとは何か』青土社
  • リゾームブラックホールを無視することができない。なぜならブラックホールはすべての地層化を構成するからである。しかしリゾームの政治はブラックホールを回避するとともにブラックホールを組織するところにある。(フェリックス・ガタリ、杉村昌昭訳『エコゾフィーとは何か』青土社

所以102

  • バーミヤン浜松白羽店はいつも人手不足。
  • 6月24日(土)、プリゴジン氏ワグネル2万5000人の叛乱。ロシア連邦軍の一部がプリゴジン氏のクーデターへ寝返ったとも。
  • 私の友人で、ニューヨークに住んでいるアメリカの詩人は、出版社のプロモーションなどで、よく各地の店頭で自作の詩の朗読をする機会があると言っていました。その他、大学や図書館、コミュニティセンターのようなところでもそうした催しが頻繁に開かれるということです。(堤江実『朗読力 心に伝わる「ポエトリー・リーディング」』PHPエル新書)
  • 声に出して詠むことは、詩を読んだ感動をからだで確かめることなのです。(堤江実『朗読力 心に伝わる「ポエトリー・リーディング」』PHPエル新書)
  • 逆説的ですが、言葉を豊かにするのは、言葉のない時間、ただ黙って自分と向き合い、自分を見つめ、心の声を聴く時間なのだと思います。(堤江実『朗読力 心に伝わる「ポエトリー・リーディング」』PHPエル新書)
  • 日常のなかに溶け込む詩の朗読。
  • 6月25日(日)早朝、プリゴジン氏の軍事蜂起はショイグ国防相らを更迭するためのプーチンと仕組んだ茶番劇?
  • 十二時が落ちた、/断頭台から落ちる死刑囚のように。(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『ズボンをはいた雲』土曜社)
  • ドアたちが突然がたがた言い始めた。/ホテルも恐怖のあまり、/歯の根が合わないのか。(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『ズボンをはいた雲』土曜社)
  • むりだ、心臓から飛び下りるのは!(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『ズボンをはいた雲』土曜社)
  • 見たことがありますか、/殴る人間の手を犬がぺろぺろ舐めるのを⁈(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『ズボンをはいた雲』土曜社)
  • 日本の社会がこれまでの村的社会から個人が自立した社会へ大きく変わろうとしている現在、日本語にどうやって他者を取り込むことができるのかが重要な課題になると思います。(楠かつのり詩のボクシング 声と言葉のスポーツ』東京書籍)
  • そうやって視覚によって聴覚が機能し始める、つまり言葉の本来の姿が喚起されるとき、詩的な言葉は具体的に読者一人ひとりのものになるという考えがありました。(楠かつのり詩のボクシング 声と言葉のスポーツ』東京書籍)
  • それにはまずコミュニケーションの大本ともいえる身体を使って人と声を交わすことから始めるしかないと思ったわけです。(楠かつのり詩のボクシング 声と言葉のスポーツ』東京書籍)
  • とにかく人の声を聴くということです。生の声の時間に付き合うということですね。(楠かつのり詩のボクシング 声と言葉のスポーツ』東京書籍)
  • 6月25日(日)夕方、いつのまにかプリゴジン氏はベラルーシへ亡命していた。いつのまにかロシアの騒動は集結していた。
  • マヤコフスキーの自作朗読はすばらしかった。異様に強い表現力と、思いがけないイントネーション。そして朗読者としての技術や、陰影の付け方と、詩人のリズミカルな意識とが、完全に結びついていた。それまでに、マヤコフスキーの詩を本で読んで、詩の行が切れ切れになっていることの意味がわからなかったとすれば、マヤコフスキーの朗読のあとでは、その意味や必然性が、リズムのためにもそれは必要なのだということも、すぐわかった。(小笠原豊樹マヤコフスキー事件』河出書房新社
  • あとはもう、/銃殺するならしろ、/柱に縛りつけろ!/おれは顔色ひとつ変えないよ!/なんなら、/エースの札を/おでこに貼ろうか。/的がはっきり見えるようにさ⁈(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『戦争と世界』土曜社)

所以101

  • 言語創造と言語習得の段階で、ヒトは非論理的な推論を試みる。その試みをするときの昂揚を再現しようとする言語芸術が、詩だ。
  • 詩は乳幼児の言語習得的興奮の再現である。
  • たけし文化センター
  • 今日における社会のクリーン化は、人間の再動物化という面を持っているのです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 定型詩、特に現代短歌はアポロン的なものディオニュソス的なものの拮抗状態だ。
  • 短歌は、全国語だったわけです。(佐佐木幸綱鶴見和子『「われ」の発見』藤原書店
  • 万葉集の時代。
  • ただそのことに直面するのが通常は怖いので、人はさまざまな物語的理由づけをします。しかし精神分析の知見によれば、まさにそのような物語的理由づけによって症状が固定化されているのです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 昭和のある時点まで家は職能単位であったが、いつしか職能は失われ単なる血縁家族になった。
  • かつて「家を守れ」は職能単位を守れという意味だったのにいつのまにか欧米由来の家父長制的家を守れという意味に変質した。
  • 弱者帝国主義の構成員の参加は拒まないが、弱者帝国主義とは与しない。
  • 現代思想によって打ち立てられた弱者帝国主義は、自身の権威化により現代思想によって打ち倒される。
  • 浜松市は文化芸術分野の弱者帝国主義と遭遇しやすい。
  • 6月21日(水)、児が高熱38.4度。流行中のRSウィルスか? 鼻水と咳、下痢?
  • ホクナリンテープ1mg。
  • 自家受粉できぬものとして本来は短歌、あるいは甘果桜桃 中島裕介
  • 浜松市で何らかの文化芸術活動に携わる健常者(軽度の非定型発達者を含む)は「健常者なのに文化芸術に携わっていいのか?」という自問自答無しに「意義ある」文化芸術活動はできないし、その自問自答を経ないとカタチにはならない。
  • しかし、文化芸術分野の弱者帝国主義へ抗うレジスタンス運動が、浜松市の周縁から起こりつつある。
  • 北と南から中央を挟撃せよ!
  • 凡人診断
  • バミリオン・プレジャー・ナイト
  • 下部構造、ディオニュソス的なもの、盲目的な意志、無意識という近代的概念を遡ったものとしての質料。
  • 教育とは、まず制限なのです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 本能的・進化論的な大傾向はあるにせよ、欲動の可塑性こそが人間性なのです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 人間は本能のままに生きているということはなく、欲動の可塑性をつねに持っているという意味で、人間がやっていることはすべて倒錯的なのだということになります。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • ぼくは同時に立候補する、全宇宙の皇帝に、/そして/流刑囚に。(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『背骨のフルート』土曜社)
  • 今のところ/パリ・モードの服の代りに/きみにはタバコの煙を着せよう。(マヤコフスキー小笠原豊樹訳『背骨のフルート』土曜社)
  • マヤコフスキー研究
  • 福宿摩耶子(ふすき・まやこ)

所以100

  • デリダはひじょうに複雑なものを書きますが、それはデリダ自身がまず他人のテクストをきわめて高解像度に読む人だからで、そもそも「読むって、これくらい読みますよね?」というデフォルトの基準がハンパなく高いのです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 文芸系の新人賞への応募、受賞して人生を変えたいと思っている限り受賞は難しく、それ以降を考えてもその文芸で自分の人生を変えてから受賞した方がいい。
  • 自分の人生さえ変えられなかった文芸なんて他人が読む価値ある?
  • 差異の哲学とは、必ずしも定義に当てはまらないようなズレや変化を重視する思考です。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 我々は決断を繰り返しながら、未練の泡立ちに別の機会にどう応えるかということを考え続ける必要があるのです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • ひとつの決断をデリダ的・レヴィナス的観点から「潰そう」とすることはいつでも任意に可能なんです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 6月14日(水)、大石早生という李の種を洗い、濡らした脱脂綿に包んで冷蔵庫へ入れた。
  • スポークンワード浜松またはポエトリーリーディング浜松または「遠州詩韻」、ゲスト1組+1人5分のオープンマイクあり。現代詩・短歌・俳句・ラップ・歌唱・古典芸能・政談ほかなんでも可。浜松市磐田市など。
  • 世界は、無数の多種多様なシーソーである。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 自分をむしろ硬直化させて治ったような気にさせるまやかしの技法だ。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • ↑トラウマなどを中心に据える精神分析について
  • すべての関係性は生成変化の途上にあるのです。(千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書
  • 偽の英語であっても、それにしがみつくことは、もうひとつの現実の存在を主張することなのだ。(リン・ディン、柴田元幸訳「!」『血液と石鹸』早川書房
  • Loose Drawing
  • 東京でライブをやると大体打ち上げがない。この日も無かったのだけれど、恐らくライブはハレの日では無くて、自らの発露、または懸けている場所であって地方とは意味合いが違うのだと思う。(喜多良介『LOCAL DRUMMER in matsumoto, nagano, japan 2023』)
  • 換喩的思考ができるからこそ、人間の言語はオノマトペを発達させられると言ってもいいだろう。(今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』中公新書
  • ブーストラッピング・サイクルを駆動する立役者はアブダクション(仮説形成)推論である。(今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』中公新書
  • 後件肯定の誤謬
  • 対称性推論をごく自然にするバイアスがヒトにはあるが、動物にはそれがなく、このことが、生物的な種として言語を持つか持たないかを決定づけている、という仮説である。(今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』中公新書
  • 論理的に正しくない対称性推論や相互排他性推論が、居住地を地球上のいたるところに広げていった人類言語の起源にかかわっているかもしれない。

 

所以99

  • 〈情勢論〉こそ、政治的思弁が永遠にぬけだすことのできない運命なのである。(高橋和巳『孤立無援の思想』岩波書店
  • 現在と現実の勢力関係から政治は逃れられない。
  • 元来、民主主義政治というものは、本質的に情勢論を超えようとしない性質をもつ。(高橋和巳『孤立無援の思想』岩波書店
  • ジョーダン・スミスJordan Smithの、椎名林檎についての詩の朗読をもういちど聴きたい。
  • 政治および政治的思考では解決しえずして抑圧されるものを、みずから咎なきにもかかわらず、文学はひきうけねばならないと、私はつねづね考えている。(高橋和巳『孤立無援の思想』岩波書店
  • tratu ベトナム語オンライン辞書
  • 2019年9月28日、児がはじめてひとりで歩いた二足歩行記念日。
  • 〈ゆけどもゆけども山茶花の散りぎは/干野風来子〉『夕映の北岳本阿弥書店
  • 代わりに1歳以上であれば、ハチミツとヴェポラップをお勧めすることが多いです。(私の診療方針 かぜ
  • 小児の鼻詰まりや咳にはヴェポラッブが効果的だ。タイガーバームも試したい。
  • 「サンパチロク」といわれる八八八六を基本とする琉歌とベトナムのThể lục bát 體六八という、八六調の南方定型詩の流れ。
  • 私自身もグレーゾーンの句をよく書きます。俳句を書いたつもりですが、俳句なのか川柳なのかその他の一行詩なのか、もはや私にもよくわかりません。ただ、これらのようなグレーゾーンの大渾沌(パンデモニウム)のど真ん中から、短詩の新しい論作が生まれてくるのではと、直感的に思っています。(堀田季何『俳句ミーツ短歌』笠間書院
  • 解釈共同体としての結社があり、解釈の遠すぎない結社の集合体としてそれら協会がある以上、仕方ないことです。(堀田季何『俳句ミーツ短歌』笠間書院
  • 俳句のように極端に短い詩形では、イメージ喚起力のある言葉を用いることが重要です。(堀田季何『俳句ミーツ短歌』笠間書院
  • 日本では五七五という音の数に長い歴史があり、十七音であることに意味がありますが、外国にはそうした歴史がありません。(堀田季何『俳句ミーツ短歌』笠間書院
  • そして外山は、次の結論に辿り着く。〈型のできた運動は、自ら進んで破壊すること〉(藤原賢吾『人民の敵』百万年書房)
  • 外山はもちろんそうであるが、千坂もまた、革命を希求する。なぜか? 私のこの問いに、千坂の答えは明確だった。「この現実には、何の根拠もないからです」(藤原賢吾『人民の敵』百万年書房)
  • 外山は、これらに同調圧力に通じる構図を嗅ぎ取り、ポリコレを早くからこう訳している。「言葉狩り」さらに、フェミニズムも含め、それらが求める過度な表現規制などをこのように退ける。「多様性」などと言いながら、自らの価値観にだけ合致するように、世の中を築き直蔵としている――。(藤原賢吾『人民の敵』百万年書房)
  • ポストモダン思想への賛否に関わらず、それを理解していなければ作家活動はままならない。
  • 戦争が政治の破綻であるよりも、むしろむきだしの継続であるように、テロという孤立無援の行動は、戦争という集団行為の、追いつめられた継続なのである。(高橋和巳『孤立無援の思想』岩波書店
  • かすかに生ぐさい川のにおいが/立ち並ぶ建築をしずかに濡らしている(岩倉文也「傾いた夜空の下で」『傾いた夜空の下で』青土社
  • ひでえ汚れだ 時の翅音にあおられて/膨れあがった海の末裔なんだ(岩倉文也「いつか訪れる童話」『傾いた夜空の下で』青土社

所以98

  • 二元論を超えるためには、人は言語に無理をさせて詩人にならなければならない。
  • ノンバイナリーという二元論。
  • 言いたかったことを正確に言うために、ものを書いてどうなるというのか。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 私はいつも神以前の風景を追い求めてきた。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 結局はいつも自分が最新の敵に似てしまうのを知って以来、私はもう誰にも攻撃をかけないことにした。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 口調とは才能以上のもの、才能の真髄である。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 何もわざわざ自殺するには及ばない。人間はいつも遅きに失してから自殺するのだ。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 性のあり方・セクシュアリティには生物学的性・性自認・性指向・性表現の4つの要素のほかに、自己申告の性と公的文書上の性がある。いずれも男女二元論を基盤とする。
  • しかし、あのころの若者たちは、揃つて、話すことが嫌ひのやうに思へた。(岡井隆「中澤系さんの歌集のために」『中澤系歌集 uta0001.txt』双風舎
  • 客観的であることは、他者を一個の物として、屍体として扱うこと、他者に対して屍体運搬人の振る舞いに出ることだ。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 哲学者が人の心を読まなくなってから久しい。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 田舎でよく現代詩集・歌集・句集を読み、評すること。傍らに哲学と社会と自然についての書籍を読むこと。
  • 自意識は肉に刺さった棘以上のものだ。それは肉に刺さった匕首だ。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 私たちが最後まで背信行為を許そうとしない相手は、私たちが騙した人間たちである。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • ある作品の完成度を決定するのは、芸術的要請でも真理の発する要求でもなく、まさに疲労であり、さらにいえば嫌悪感なのだ。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 芸術が袋小路に入れば入るほど、芸術家がぞろぞろと輩出する。これは異常とも見えようが、仮に、芸術は衰滅の道を歩みながら、不可能なものになると同時にたやすいものになったのだ、と考えるならば、異常でもなんでもなくなるであろう。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 駄目な詩人がいっそう駄目になるのは、詩人の書くものしか読まぬからである。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • ふたりの敵とは、分割された同一人物である。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 肝心なことはひとつしかない。敗者たることを学ぶ――これだけだ。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 何ごとによらず、深く掘り下げたことのない人間だけが、信念を持つ。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • アフォリズムだって? そいつは炎なき火だ。誰ひとりそこで暖を取ろうとしないのも無理はない。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • おのれを中傷する快楽は、中傷される快楽にはるかに優る。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 人間は独特の匂いを立てる。あらゆる動物のなかで死骸の匂いがするのは人間だけだ。(シオラン出口裕弘訳『生誕の災厄』紀伊國屋書店
  • 大規模な歌会・句会ならいざ知らず、数人の歌会・句会などの勉強会で発言せず見学だけなんて、乱交パーティーに着衣で参加するようなもの。
  • 自分は愉しむだけで他人には愉しませない意図しか見せない人は何が目的なのかと疑われる。
  • 勉強会はギブアンドテイクで成立する。最初からテイクだけ宣言を許すと、会が成立しなくなる。
  • あなたが私の他者であることだけを理由に、あなたの発言は私にとって価値がある。

所以97

  • あらゆる苦悩は精神の領域においては例外なくひとつの幸運である。精神の領域においてのみ。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 苦しんだことのない者との会話は、すべて例外なく下らぬおしゃべりに過ぎない。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • ゴリラの目に浮かんでいる深い悲しみ。不吉な哺乳動物。私はこの眼差しの後裔だ。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 国家という国家には愛想が尽きた。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 人間はそれぞれ破壊された讃歌である。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 自分がひとかどの人物に思えるのは、何か大それた犯罪をもくろんでいるときだけだ。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 夭折しなかった者は誰であれ死に値する。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 子ども食堂を利用した子どもが食堂主を憎むこともある。
  • これに反して、ある物が偶然と呼ばれるのは、我々の認識の欠陥に関連してのみであって、それ以外でのいかなる理由によるものでもない。(スピノザ、畠中尚志訳『エチカ』岩波文庫
  • 第9回詩歌トライアスロン公開選考会で聞いて自分なりにまとめた新人賞などへ出す短歌連作の構成以外のチェックポイント
  1. 語尾をバラけさせ、体言止や「―る」止めの多用を避けているか?
  2. 韻律をストンとひとつに落とさず、歌であることを意識できているか?
  3. 動詞を多用して焦点をボヤけさせず、歌の焦点をひとつにしているか?
  4. 「―あそび」「―夢」「―試み」などというオチにして読み手を興醒めさせていないか?
  5. 発想をトばせているか?
  6. 発見の歌・実感の歌が含まれているか?
  7. さまざまな技巧を使えるとアピールできているか?
  8. ムダなリフレインをしていないか?

所以96

  • 参加しました。→『さみしい夜の句会第Ⅱ集』満点の星。
  • マンガで被害を主張、はまず疑うのがネットリテラシー
  • マンガは、被害者にしたい側をかわいらしくそして加害者にしたい側を醜くや黒ベタで描けばそれだけで読者に固定観念を与えられるから、マンガを使った被害の主張はまず疑ってかからないとならない。
  • つまり、現代都市の風景には、異なる時代の敗者たちの記憶の層が幾重にも積み重なっており、そうした重層性に目を凝らすなら、都市の隙間やくぼみ、場末のちょっとした場所にいくつもの歴史の孔、敗者の想像力とのコンタクトゾーンが伏在していることに気づきます。(吉見俊哉『敗者としての東京』筑摩選書)
  • ある思想的活動が発達すればそれへの反論も発達する。反論が集積されれば新しい思想的活動が生まれる。
  • 衣食住は配給・支給制でいい。
  • 衣は、12色と数パターンのデザインから選択自由な下着・衣服・靴下・靴を支給。
  • 食は、米・味噌・全脂粉乳・魚の缶詰・乾燥玉ねぎ・乾燥キャベツ・乾燥にんじん・乾燥りんごを配給。
  • 住は、独身者に集合住宅の一部屋を、夫婦と二児までの世帯に平屋を、三世代同居の世帯に二階建を支給する。平屋と二階建は駐車場・浴室・トイレなどを追加可能な設計、再生可能な資材で建てられる。
  • 平屋と二階建は外壁塗り替え可能。
  • もちろん建築事務所や食堂・食料品店や衣料品店は、購入希望者のために存続できる。
  • 初等教育中等教育はもちろん高等教育も学費は無料、講義時間を勤労者も受講しやすい時間帯にする。
  • 1日8時間労働×週4日勤務か、1日6時間労働×週5日勤務かを選択し月の手取り15万円程度を想定。
  • 人は性器の形状だけでは性別を判断できないので、公的文書に示された性別がその人の性別となる。
  • ひとつの文明が滅亡するのは、その神々が滅亡したときだけだ。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 私たちの内部には、死のうという意志よりはむしろ死にたいという気持ちがある。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • いまだかつて一度たりとも自殺を考えたことのない者は、絶えず自殺を念頭に置いている者よりもずっと素早く自殺を決意するだろう。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 欲望することを止めてしまえば、とたんに私たちはあらゆる世界の市民となり、同時にいかなる世界の市民でもなくなる。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 身の毛のよだつ幸福。無数の遊星のふくれあがる血管。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 世に忘れられて死ぬよりは軽蔑されて死にたい、これが栄光を願うということだ。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 悪名は無名に勝る。
  • 私が夢みているのは、個々の言葉があたかも拳のように顎の骨を打ち砕く、そんな言語だ。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 暴君は睡らない――これこそ暴君の本質的定義である。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 衰弱と思想とを混同するのは間違いである。これを混同すれば、精神に沈滞をきたした者は誰であれ自動的に思想家になってしまうだろう。/何より始末におえないのは、実際こういう人間が思想家になっていることだ。(シオラン、金井裕訳『悪しき造物主』法政大学出版局
  • 確かに、そういう思想家は多い。