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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

中日歌壇2021年2月7日

島田修三選第一席〈豆を炊く香は部屋に満ちこの先は寺山修司はずっと年下/外山菊絵〉他の歌人や詩人の亡くなった齢を知りたくなった。第二席〈電話きて母の仮病に逢いにゆく青空のような嘘頷きに/小桜一晴〉昔は逆だったのかも。第三席〈深き秋色の褪せたる広辞苑に弟の引きし線の新し/八木儀一〉だんな言葉に線を引いたのか。小島ゆかり選第一席〈冬の日に陽の照り出でて機の影はカーテンの波渡りてゆきぬ/黒崎晃一〉常緑樹の影だろう。第二席〈天使とも悪魔とも言われ雪は降るただしんしんと雪としてふる/上農多慶美〉益鳥害鳥益虫害虫の話とも通じる。〈ベビーカーに乗らぬと決めて一歳ははと見て駈ける石見てしゃがむ/岡本洋子〉自我が芽生えたときの幼児は鳩のように気儘で石のように頑固。

正岡豊『四月の魚』書肆侃侃房

海際のカフェで『四月の魚』を読む。〈夢のすべてが南へかえりおえたころまばたきをする冬の翼よ/正岡豊〉はばたきはまばたきとなる。夢と空との浮遊感における相関が美しい。〈さかなへんの字にしたしんだ休日の次の日街できみをみかけた/正岡豊〉「さかなへんの字にしたしんだ」とは鮨だろう。〈ダスト・シュートにコナン・ドイルが幾冊か捨てられて水けむるビル街/正岡豊〉密閉された建築が探偵小説を生んだ。「水けむるビル街」は倫敦を思わせる。〈きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある/正岡豊〉なしとげられぬことは舟を燃やすことではない。燃えた舟のその先にあること。〈海とパンがモーニングサーヴィスのそのうすみどりの真夏の喫茶店/正岡豊〉真夏の思い出の明るさのひとつとして。〈ピアノの下ではじめてきみの唇が雨の匂いであるのに気付く/正岡豊〉それ以外だと眩しくて気づけなかった。〈きみをとらえて本当ははなしたくなくて夕闇の樹に風はあふれる/正岡豊〉樹の葉のふくらみという、夕闇から漏れるようにあふれる風よ、寂しさよ。〈きっときみがぼくのまぶたであったのだ 海岸線に降りだす小雨/正岡豊〉光を遮り眠りを与えるものとしてのきみ。〈さっきまで星の光にふれていし葉をもてすすぐ口中の嘘/正岡豊〉榊のような葉か、口内炎でもできたかのような嘘。〈酒色の甲虫羽根ひらく夜はわれらすきまなく肩寄せ眠る/正岡豊〉すきまなく肩寄せる様と甲虫の殻が閉じる様との共鳴。〈時刻表つまれていたる十月の書店にみどりの服を着て入る/正岡豊〉時刻表は旅の予感、みどりの服はみどりの窓口を連想させる。

砂運ぶ蛇 誰一人口きかぬ前進の国連派遣軍 正岡豊

 

 

中日歌壇中日俳壇2021年1月31日

島田修三選第一席〈新しき齢となればそのページ改めて読む『臨終図巻』/松本秀子〉評では山田風太郎『人間臨終図巻』とのこと。第二席〈鍬を振る媼その声甦りつつ田畑は更地へ均されていく/郷幸子〉不耕起栽培が叫ばれる今だが、かつては人の手によって田畑は維持されてきた。第三席〈ジャングルにオランウータンの孤児たちの学校ありと聞けば嬉しも/生路聡〉長野・大桑より。オランウータンは森の人の意だ。霊長類仲間への視線がある。〈数字のみ無味乾燥に並びたれど心ときめく時刻表の旅/松岡凖侑〉時刻表は長編小説だ。〈みどり児を撫づるが如く指先に洗ふ三寸の春のななくさ/高井佾子〉仮名に開かれたみどりとななくさの共鳴。〈初時雨・末枯れ野・木枯し・虎落笛眩しき言の葉連れて初雪/佐賀峰子〉冬も色がある。小島ゆかり選〈耐えている長い月日も歴史には多分一行コロナ流行/林建生〉人類史の転換期にならなければ歴史教科書にも載らないかもしれない。栗田やすし選第二席〈明日よりの採用通知七日粥/浅井厚視〉新入社員は何歳になっても落ち着かない。〈出漁を見送る老いの毛糸帽/岡島斎〉潮風にその顔は罅割れている。〈写経する筆の軽さよ寒椿/石川和男〉水茎ということばが似合う。長谷川久々子選〈新聞や抱いてくばりぬ小雪闇/松田勝平〉雪に濡れないように。

春日井建「未青年」『現代短歌全集第十四巻』筑摩書房

海際のスナックがカフェになっていた日、「未青年」を読む。〈空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし/春日井建〉美貌は晴れか曇りか。〈啞蟬が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる渇く/春日井建〉「砂にしびれて」の詩的ふるえとともに、愛を告げられない。〈童貞のするどき指にふさもげば葡萄のみどりしたたるばかり/春日井建〉「童貞のするどき指」に惚れる。柔肌なら葡萄の皮のように切れてしまう。童貞の手と言えば〈廃園に老童貞のなまぐさき手が埋めてゆく花の球根/春日井建〉も。〈声あげてひとり語るは青空の底につながる眩しき遊戯/春日井建〉青が眩しすぎる。〈若き手を大地につきて喘ぐとき弑逆の暗き眼は育つ/春日井建〉屈辱から立ち上がるのが若さ。〈くちびるを聖書にあてて言ふごとき告白ばかりする少年よ/春日井建〉誓い、しかしそれはすぐに破られるための誓い。〈内股に青藻からませ青年は巻貝を採る少女のために/春日井建〉漁村の恋の明るさ。〈獣皮吊る納屋にかくれて復員の父の節くれし掌を怖れゐし/春日井建〉獣皮が何かの護符になると信じたのか。〈子を産みし同級の少女の噂してなまぐさきかな青年の舌/春日井建〉そんなことは聴きたくなかったのだ。〈凭るれば地下の石柱つめたくてさんざめく都市を支へをり/春日井建〉地下鉄、そのつめたさが都市を支え、やがて崩れるかもしれないという予感もあり。〈だみ声のさむき酒場に吊られゐて水牛の角は夜ごと黝ずむ/春日井建〉都市の片隅の粗野な部分についての感興。〈免業日の青衣の友に送るため火傷の指にて記せる音符/春日井建〉刑務所の友へ、「火傷の指」というのが唐突で危険な仕事に着いてそうでいい。〈地下水が青き土層をえぐりゐて父母の結婚記念樹若し/春日井建〉地下と地上との同時投影、土地神の視点。〈少女よ下婢となりてわが子を宿さむかあるひは凛々しき雪女なれ/春日井建〉二択だけれど、人生はほぼこの二択しかない。〈救急車の尾灯せつなく過ぎしのちまた冷えびえと潮枯れし街/春日井建〉救急車に乗せた人がその町の最後の生者であったような。〈額伏せてうらさむき眼をもてあます水上家族の女人の生理/春日井建〉災害のなかの、人間という生物の定めとして、血は水に飲まれる。

壬生キヨム『作中人物月へ行く』白昼社

入野町にできたじゃじゃの私設図書館に入ったという『作中人物月へ行く』を読んだ。〈ああこれは昔、郵便飛行士を殺した雨と同じ甘さだ/壬生キヨム〉サンテグジュペリの死を思う。〈大切な日のため持っておくんだよいつも避けてた薄荷キャンディ/壬生キヨム〉薄荷キャンディは食べずにポケットに入れてときどき見るおくもの。〈星を食べたこどもは見ればすぐわかる ここにいる子は全員逃がすな/壬生キヨム〉何を見れば「わかる」のか想像をかきたてる。〈いつの日か協力してもいいけれどできれば敵のままでいようよ/壬生キヨム〉敵のままでいるという親しさ。〈永遠におんなじ時間にやってくる点灯夫となかよくなりたい/壬生キヨム〉点灯夫におのおじさんとルビがあるのがその世界の住人っぽい。〈消印がいくつも押された封筒を渡すときだけ痛む心臓/壬生キヨム〉なぜだろう、通ってきた距離を思うからか。〈黒ねこのしっぽを切ったら正面がどちらかわからなくなったのだ/壬生キヨム〉尻尾が正面あるいは﹁正面を示す機能を持っていた。〈トの文字を四角く囲む男性のたくさんものを持てるてのひら/壬生キヨム〉図あるいは圖の略字、トは占術の卜めく、図書館は可能性を持つこと。〈本のない図書館が木のない森に作られてここにいないわたくし/壬生キヨム〉例えばそれは眠りのない夢のような。

二度目には神経質の司書を抱くぼくが村上春樹の僕なら 壬生キヨム

中日歌壇中日俳壇2021年1月24日

ちなみに中日歌壇の賞は「天・第一席:図書カード二千円分」「地・第二席:図書カー千円分」「人・第三席:図書カード五百円分」となっている。中日俳壇も同じだろう。島田修三選第一席〈天と地に垂直平行くり返し空間区切る足場組む人/稲熊明美〉最近塗装工事シーズンなのか足場が多い、何を隠そう、我が邸宅も大家の粋なはからいで足場に囲まれているので共感。鳶職が大活躍である。〈名にし負ふあの大阪のおばちゃんにまた叩かれたタコ焼もろた/伊藤正彦〉評にもあるけど古典的なはじまりと現代的なオチが楽しい。〈エゴイストとわれを攻撃する友を嫌いになれずエゴイストわれ/山田栄子〉相手のエゴは自分のエゴがあるから見える。小島ゆかり選第一席〈六歳のいとこ同士の本将棋「参りました」の声甲高き/山口竜也〉動物将棋から本将棋へ。藤井聡太二冠へ続け。〈ぎょっとすることもなく見る黒マスク意識せずとも日常変わる/竹内美穂〉コロナ禍、黒マスクはロックファンの衣装ではなくなった。〈縛らるることなくなりて夕暮れはものがなしくて犬と野をゆく/中村且之助〉退職された方か、犬も人も縛られず歩くときがいい、でも少し寂しさもある。本当は誰かに縛られたい。〈ぼろぼろの古きノートよケインズ完全雇用論 六十年前/垣見邦夫〉いまの雇用情勢にも通じるか? 栗田やすし選〈病窓に夜雨の光る星夜かな/柴田宏〉病院の窓にイルミネーションが映る。まだこれらは十二月の投稿群か。長谷川久々子選〈小さき富士置きて真白き刈田かな/北河覚〉雪なら浜松市の北のほうか、南の方は地力が落ちて白いのかも。〈一陽来復山影の縞模様/大石昭重〉冬至の山並み、太陽の動きが鮮やか。〈読み初めは禅の教への文庫本/南部千賀子〉読み初めは自分を見つめ直すところから。

「炎晝」『山口誓子句集』角川書店

〈手袋の十本の指を深く組めり/山口誓子〉怒りとして読めないのは手袋の手触りがあるからだ。〈秋の雲つめたき午の牛乳をのむ/山口誓子〉牛乳はちち、白さと濃さとが強調されている。〈メスを煮て戸の玻璃くもる冬となりぬ/山口誓子〉灰色の暗い寒さがある。視界が閉ざされたことによる寒さは〈冬の航荒れたり硝子みなよごれ/山口誓子〉にも。〈雪あはく畫廊に硬き椅子置かれ/山口誓子〉雪の日の画廊には不思議な静寂がある。〈ピストルがプールの硬き面にひびき/山口誓子〉「硬さ」の誓子、ダイヴィング五句のこの句と〈枯園に向ひて硬きカラア嵌む/山口誓子〉、前者は柔らかいはずの水面を「硬き」と言い、後者は「硬き」と言って新しさや冷たさを意味する。〈月光は凍りて宙に停れる/山口誓子〉月光の固化。〈夏の河赤き鐡鎖のはし浸る/山口誓子〉勢いのある夏の川ではなく、工業地帯の赤銹で澱んだ夏の河である。〈洗面盤白磁なり蟻のあざやかに/山口誓子〉あざといまでの黒白の対比。〈秋夜遭ふ機關車につづく車輛なし/山口誓子〉機関車には客車か貨車が続くはずであり、続くはずのものがないのは亡霊を見たかのようなゾッとする恐ろしさや空虚感がある。〈靑野ゆき馬は片眼に人を見る/山口誓子〉馬の眼球に人が映るなんて一瞬、その一瞬を切り取る。再生→一時停止→再生の流れだ。

暗くなり夕刊をとりに出し秋夜 山口誓子

中日歌壇中日俳壇2021年1月17日

島田修三選第三席〈図書館のレストラン暮れに閉ぢるとふ気に入りゐたるにこれも訃報ぞ/大谷登美子〉生活習慣が変わること、それも訃報なのだ。〈あんなにも親密だった人の名を半日かけて想い出す老い/水野千代子〉半日かける集中力がある。小島ゆかり選〈なわとびの中に急に入り来てさっと出てゆくような子育て/稲熊明美〉大縄跳びだろう。〈マジックをしてよと言う子生きていることがマジック君は生きてる/三上正〉なんでわれわれは生きているんだろう。栗田やすし選〈塵一つなき百畳の寒さかな/渡辺美智代〉大河ドラマ麒麟がくる」で織田信長が座っていた安土城大広間を思う。〈七日はや白磁の壺のうす埃/小沢芳治〉うす埃は正月七日の慌しさ、でもある。〈弓始紅一点の薄化粧/可知豊親〉弓道は女性が多いイメージがある。長谷川久々子選第一席〈華麗なる名を持つ花や冬夕焼/栗木かず〉評には薔薇とある。なんの花でも冬夕焼に負けない赤い花だろう。〈一つづつ捨てて減らして年用意/羽貝昌夫〉その一つ一つに思い出がある。旧年だけでなく人生の思い出が。

吉岡生夫『草食獣第四篇』和泉書院

新年俳句大会で〈ひいらぎの花列島に雲ひとつ/以太〉が会長入選句となったと知った日、『草食獣第四篇』を読む。〈つきあがりし餅の熱さをもろばこに移すつかのま臓器おもひぬ/吉岡生夫〉外科手術で切り落とされた臓器。〈花火より帰れるひとかざわめきのやがて大きくなる窓の下/吉岡生夫〉華やぐ声が潮のように近づく。〈その中の闇もろともに流れゆく空缶たのし浮きて沈みて/吉岡生夫〉「その中の闇もろとも」は想像外だろう。〈サンドイッチ炊き込みご飯またスーツ衣食とにかく簡便がよし/吉岡生夫〉サンドイッチも炊き込みご飯もそれだけで炭水化物・蛋白質・各種ビタミンを摂取できる。スーツは一着で朝から晩まで過ごせる。そういう暮らしを愛でる。〈関ヶ原をつはものどもがゆくあとは人馬の糞のさはにありけむ/吉岡生夫〉三方原での家康の脱糞を思い出した。〈山陽自然歩道を歩く昼ならばスーツが不審がらるるのみぞ/吉岡生夫〉この人、山道でもスーツなのか。〈眠りへと落ちゆくわれを待ち構へ夜を悩ます深海魚ども/吉岡生夫〉夢のなかの住人なのか、深海魚どもは。夢のなかの配達中にどうしても殺してしまう老婆のような。〈森永のエンゼルマーク、まろやかな尻のむかうに性のあるべし/吉岡生夫〉無性かもしれないけれど。

中日歌壇中日俳壇2021年1月10日

島田修三選第一席〈歪むとふ知恵を持たざる無垢のままメタセコイアの何千万年/前川泰信〉遺伝を知恵と表現したおもしろさ。古種への敬意がある。〈たどたどしき子の棒針に生き生きと余り毛糸の冬が始まる/山崎美帆〉「余り毛糸」と思ったけれどこれは「余り/毛糸」か。〈作る人いないと思ふエジプト展にミイラの作り方解説あれど/阿部智子〉そういえば展覧会のカタログを中日新聞から貰った。小島ゆかり選第一席〈からころと道に転がる落ち葉にも時の音がありきょうはフルート/丸山勝也〉昨日はピアノ、明日はシンバル。音に満ちた生活。〈植木鉢底にナメクジ棲みてをり人の心の隙間の湿り/後藤進〉人の注意の隙間でもある。栗田やすし選第二席〈店頭の石焼芋に呼ばれけり/山崎正憲〉甘い匂いを呼び声としたおもしろさ。〈立冬の雨に烟れり大伊吹/中道寛〉伊吹山だろう。厳かな佇まい。長谷川久々子選第一席〈灰色の雲に乗り来る冬将軍/藪内純治〉孫悟空や仙人めいている。でも灰色という色や飾り気のなさが冬将軍っぽい。第三席〈枯菊を焚く夕暮の音として/福井英敏〉音に着目しているけれどそれに浮き上がる光も匂いも当然ある。〈武者返し小春の空を支へけり/田上義則〉武者返しは扇の勾配をもつ石垣、軍事建築の優雅な一面を見た。

中島斌雄「樹氷群」『現代俳句体系』角川書店

久々の休み、中島斌雄を学ぼうと思う。〈ニコライに寒月かくれ坂となる/中島斌雄〉御茶ノ水ニコライ堂、月が動いたのではなく作中主体が坂を動き月が隠れた。〈吹雪きつゝ歩廊の時計みな灯る/中島斌雄〉人工の灯が吹雪を照らす。〈手に触れしポストの口も夜霧かな/中島斌雄〉このポストは差出函、街路の景だろう。〈シネマ出て夜の街淡き雪積める/中島斌雄〉映画鑑賞中に雪が積もったのだろう。自分の変化と街の変化とが共鳴していく。〈稿成らず黒く巨いなる夜の蠅/中島斌雄〉肥った夜の蠅は鬱気だろう。〈柚子を提げ傷兵とほき北へ去る/中島斌雄〉橙色が勲章のように光る。〈蟋蟀澄むかゝる地下鉄の壁ぬちに/中島斌雄〉蟋蟀はちゝろ、地下鉄はメトロとルビ、近代的交通手段に紛れ込んでしまった秋。〈林檎園妻が林檎を剥く音のみ/中島斌雄〉楽園感がある。

土岐友浩『僕は行くよ』青磁社

ただひたすらに眠い日、『僕は行くよ』を読む。〈図書館はあまりなじみのない場所で窓から見えるまひるまの月/土岐友浩〉異郷感の具象としての「まひるまの月」がややSFめいて光る。〈鉛筆の芯をするどく尖らせて「無」と書いていた西田幾多郎/土岐友浩〉なるべく無に近く、線が見えなくなるほど細くなるように。〈死んだ人は歩けなくても見ることはできるだろうか水無月の水/土岐友浩〉水無月という無水な月の水。死者の視力、それは無に有れという希望。〈なれの果て、とはどこだろう 自動販売機でぬるいコーヒーを買う/土岐友浩〉ちゃんと機能していない自動販売機、そしてその缶を持つ人は「なれの果て」っぽい。〈阪急の駅を降りればいつも冬休みのような街だと思う/土岐友浩〉阪急の駅は知らないけれど「冬休み」は分かる。クリスマスやお正月がある。暗さのなかに人工の灯。〈奄美大島に「カメラを止めるな!」のやたらと目立つポスターがある/土岐友浩〉かつて名瀬のシネマパニックという名前の映画館で「コンスタンティン」を観たのを思い出す。〈この店のパンが好きだな虹の色よりたくさん種類があって/土岐友浩〉数の数え方が「虹の色」というのは素敵だな。〈六月は蛇を隠しておくところ 雨のやまない校庭に行く/土岐友浩〉六月とは校庭の茂みのことかもしれない。〈飛び石の四角いほうに乗ってみる 街がまぶしく見えないように/土岐友浩〉脈絡のなさが心地よく思えてくる。〈われわれはなぜこの土地を守るのか 半月がハルハ河に沈む/土岐友浩〉と〈名ばかりの衛生兵がただひとり星のあかるい砂漠をあるく/土岐友浩〉の間にある影が愛おしい。〈暗すぎる五月の橋の真ん中で精神のない巨獣をおもう/土岐友浩〉橋の真ん中は川の上、都市のなかにいて都市とは隔たる場所。そんな境界に肉体のみの巨獣としての鉄橋を思う。〈たましいのように小さな花だけを咲かせる国の空港に雨/土岐友浩〉そんなささやかで貧しい国でありたかったよ。

深海のひかりを届けようとして青い絵の具が足りなくなった 土岐友浩

 

 

斉藤斎藤『渡辺のわたし』港の人

中日歌壇と中日俳壇の年間賞が発表になった日、『渡辺のわたし』を読む。〈隣人のたばこのけむり 非常時にはここを破って避難するのだ/斉藤斎藤〉台風でも破れちゃう避難用扉。〈池尻のスターバックスのテラスにひとり・ひとりの小雨決行/斉藤斎藤〉池袋ではダメ、池尻じゃないと。〈目のやり場吉岡さんは肉でしてつねに部分がふるえています/斉藤斎藤吉岡里帆で。〈シルバーシートに腰掛けておる三人が神の視点で鈴木・鈴木・鈴木/斉藤斎藤デスノートの死神の視点で。〈うつむいて並。 とつぶやいた男は激しい素顔となった/斉藤斎藤〉決意の果てに後悔もあった。〈母方のじいちゃんよりもばあちゃんが二ヶ月ながく死んでいること/斉藤斎藤〉そちらを基準になさる心境がある。〈ゆうやけのなか川べりの道をゆき止まれと言われ止まる全体/斉藤斎藤〉夕焼けの赤に止まれの白が映える。それは部分なのに全体のような強迫さを持つ。

ぼくはただあなたになりたいだけなのにふたりならんで映画を見てる 斉藤斎藤

中日歌壇中日俳壇2020年12月20日

小島ゆかり選は浜松市が多い。林建生さんが〈お互いに理解できぬと理解した夜空はきれい星は流れる/林建生〉〈白は白黒も時には白となり玉入れみたいにならぬ世の中/林建生〉とリフレインの皮肉が効いた短歌が一首ずつ入選している。島田修三選第一席〈給食費集金袋を渡す時の秋男の悲しい顔を忘れず/佐々木剛輔〉「秋男」という名前が好き。第二席〈どの道を下りて来たのやら熊の子は自動ドアより電気屋に入る/唐沢まさ子〉伊那市より。評で気付いたけれどちゃんと自動ドアから入ったというおかしさがある。〈住所録へ斜線一本引く今日のあの山この谷秋は深まる/北村保〉水平の「斜線」と、垂直の「あの山この山」。〈聖なる夜子の枕辺にプレゼント息潜め置きし想ひ出温し/藤井恵子〉ちょっと早めのクリスマスかと思ったら「想ひ出」だった。小島ゆかり選第二席〈さざめきは遠く来たれり夜の海のごとく静かな甘藍畑/酒井拓夢〉〈雨粒のつくる水紋あえかにて鳰の潜きの円に吸はるる/石原新一郎〉〈かなたより飛び来る点の羽となり青鷺となり田んぼに着地/大庭拓郎〉は浜松市より。夜の畑の静けさのなかの動き、冷たい雨のなかの冬の水の細かな動き、死んだような冬の田の青鷺の動きを描く。〈いつだってポストは赤く此処に在る秋めく街が追いついただけ/高津優里〉このポストは受箱ではなく差出函。〈通夜の席百人一首流れおり遺影を包む衣のように/伊藤孝男〉決まり字の前の呼吸とか気になりそう。栗田やすし選第二席〈湯気纏ひ産まれし仔牛冬の朝/山田康治〉〈病む犬の寝息確かむ夜寒かな/野崎雅子〉芭蕉臨終の場のような緊張感が「夜寒」にはある。〈塔の影小春の水にゆるびをりヾ/中西定子〉塔が高層マンションとかだと面白い。長谷川久々子選第二席〈四方に山まづは北より眠りそむ/吉田弘幸〉「北」なのか。〈山の子の下校は芒分け独り/猪きよみ〉俳号だろうか、猪が効いている。

山崎方代『こんなもんじゃ』文藝春秋

「文芸磐田」第46号の詩部門で第二位と知らされた日、『こんなもんじゃ』を読む。〈机の上に風呂敷包みが置いてある風呂敷包みに過ぎなかったよ/山崎方代〉期待はしていた。〈親子心中の小さな記事をくりぬいて今日の日記を埋めておきたり/山崎方代〉小さな新聞記事をくりぬきたくなった。〈コップの中にるり色の虫が死んでおるさあおれも旅に出よう/山崎方代〉魂の旅へ。〈せきれいの白き糞より一条の湯気たちのぼるとき祈りなし/山崎方代〉微細を観る目。〈牛乳の中に飛込みし蠅の黒いのは明晰にして知らぬものなし/山崎方代〉ヴィヨン、と思ったらやはり〈汚れたるヴィヨンの詩集をふところに夜の浮浪の群に入りゆく/山崎方代〉があった。〈べに色のあきつが山から降りて来て甲府盆地をうめつくしたり/山崎方代〉景が壮大。〈飛行機のプロペラの音高ければ見えぬ眼をもて空仰ぐ父/山崎方代〉プロペラのP音が楽しい。〈ねむれない冬の畳にしみじみとおのれの影を動かしてみる/山崎方代〉黝い部屋で。〈とぼとぼと歩いてゆけば石垣の穴のすみれが歓喜をあげる/山崎方代〉すみれをして歓喜せしめるのは「とぼとぼ」のため。〈そこだけが黄昏れていて一本の指が歩いてゆくではないか/山崎方代〉ゾワッとする。〈遠い遠い空をうしろにブランコが一人の少女を待っておる/山崎方代〉心の中に棲んでいた少女かもしれない。

かくれんぼ鬼の仲間のいくたりはいくさに出でてそれきりである 山崎方代