以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

土岐友浩『僕は行くよ』青磁社

ただひたすらに眠い日、『僕は行くよ』を読む。〈図書館はあまりなじみのない場所で窓から見えるまひるまの月/土岐友浩〉異郷感の具象としての「まひるまの月」がややSFめいて光る。〈鉛筆の芯をするどく尖らせて「無」と書いていた西田幾多郎/土岐友浩〉なるべく無に近く、線が見えなくなるほど細くなるように。〈死んだ人は歩けなくても見ることはできるだろうか水無月の水/土岐友浩〉水無月という無水な月の水。死者の視力、それは無に有れという希望。〈なれの果て、とはどこだろう 自動販売機でぬるいコーヒーを買う/土岐友浩〉ちゃんと機能していない自動販売機、そしてその缶を持つ人は「なれの果て」っぽい。〈阪急の駅を降りればいつも冬休みのような街だと思う/土岐友浩〉阪急の駅は知らないけれど「冬休み」は分かる。クリスマスやお正月がある。暗さのなかに人工の灯。〈奄美大島に「カメラを止めるな!」のやたらと目立つポスターがある/土岐友浩〉かつて名瀬のシネマパニックという名前の映画館で「コンスタンティン」を観たのを思い出す。〈この店のパンが好きだな虹の色よりたくさん種類があって/土岐友浩〉数の数え方が「虹の色」というのは素敵だな。〈六月は蛇を隠しておくところ 雨のやまない校庭に行く/土岐友浩〉六月とは校庭の茂みのことかもしれない。〈飛び石の四角いほうに乗ってみる 街がまぶしく見えないように/土岐友浩〉脈絡のなさが心地よく思えてくる。〈われわれはなぜこの土地を守るのか 半月がハルハ河に沈む/土岐友浩〉と〈名ばかりの衛生兵がただひとり星のあかるい砂漠をあるく/土岐友浩〉の間にある影が愛おしい。〈暗すぎる五月の橋の真ん中で精神のない巨獣をおもう/土岐友浩〉橋の真ん中は川の上、都市のなかにいて都市とは隔たる場所。そんな境界に肉体のみの巨獣としての鉄橋を思う。〈たましいのように小さな花だけを咲かせる国の空港に雨/土岐友浩〉そんなささやかで貧しい国でありたかったよ。

深海のひかりを届けようとして青い絵の具が足りなくなった 土岐友浩