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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

「炎晝」『山口誓子句集』角川書店

〈手袋の十本の指を深く組めり/山口誓子〉怒りとして読めないのは手袋の手触りがあるからだ。〈秋の雲つめたき午の牛乳をのむ/山口誓子〉牛乳はちち、白さと濃さとが強調されている。〈メスを煮て戸の玻璃くもる冬となりぬ/山口誓子〉灰色の暗い寒さがある。視界が閉ざされたことによる寒さは〈冬の航荒れたり硝子みなよごれ/山口誓子〉にも。〈雪あはく畫廊に硬き椅子置かれ/山口誓子〉雪の日の画廊には不思議な静寂がある。〈ピストルがプールの硬き面にひびき/山口誓子〉「硬さ」の誓子、ダイヴィング五句のこの句と〈枯園に向ひて硬きカラア嵌む/山口誓子〉、前者は柔らかいはずの水面を「硬き」と言い、後者は「硬き」と言って新しさや冷たさを意味する。〈月光は凍りて宙に停れる/山口誓子〉月光の固化。〈夏の河赤き鐡鎖のはし浸る/山口誓子〉勢いのある夏の川ではなく、工業地帯の赤銹で澱んだ夏の河である。〈洗面盤白磁なり蟻のあざやかに/山口誓子〉あざといまでの黒白の対比。〈秋夜遭ふ機關車につづく車輛なし/山口誓子〉機関車には客車か貨車が続くはずであり、続くはずのものがないのは亡霊を見たかのようなゾッとする恐ろしさや空虚感がある。〈靑野ゆき馬は片眼に人を見る/山口誓子〉馬の眼球に人が映るなんて一瞬、その一瞬を切り取る。再生→一時停止→再生の流れだ。

暗くなり夕刊をとりに出し秋夜 山口誓子