以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

放送大学「文学批評への招待」第3章詩の分析(2)

学習課題3 日本語の俳句、短歌、近現代詩を一つ選び、自分の得意な言語に翻訳し、翻訳のプロセスにおいて何が起こっているか記述しなさい。

俳句〈わが夏帽どこまで転べども故郷/寺山修司〉をスペイン語に訳す。

mi sombrero de verano

rueda para siempre

no puede salir de mi tierra natal

「わが夏帽/永遠に転がる/わが故郷を抜け出せない」と三行詩へ訳した。

日本語では「わが夏帽」と「転べ」の主述関係は曖昧で、「わが夏帽(が)どこまで転べども」とも「わが夏帽/(Xが)どこまで転べども」とも解釈できる。しかしスペイン語では主述関係が固定されてしまう。三行詩に分かつことで主述関係を曖昧にしようと企図した。

「どこまで〜ども」の翻訳が難しい。「わが故郷の果てへ転がる」と訳すると日本語にはある故郷から抜け出せない感が出ない。「永遠にわが故郷を転がり続ける」でもないのは、そんな延々と続く動きの描写は俳句に必要ではないからだ。俳句は一瞬の景を切り取るとき最も効果を発する。また「わが夏帽がわが故郷を出られない」の否定辞だけでは何の景も描写できていない。ゆえに訳は二番目と三番目を組み合わせた。それでも日本語の「どこまでも〜ども」の悲壮感が消えてしまい、「故郷」の故郷から抜け出せない感や故郷を肯定的に捉えていない感じが消えてしまった。

語学力の問題もあるけれど、これ以上説明する文を加えてスペイン語訳すると俳句ではなく詩となってしまう。