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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

読売歌壇読売俳壇2022年10月17日

タビノス浅草で読む。小池光選〈妻子率て父ひとり待つふるさとへ帰りし頃がしあわせだった/藤川幸雄〉行く場所が決まっているという幸福。〈空色のシャツブラウスを着て行こう安くておいしいお芋を買いに/楠井花乃〉空色と芋の紫の対照がおもしろい。栗木京子選〈秋暑く扇風機なお回りおり島にひとつの礼拝堂に/鈴木敬治〉早朝のテレビで五島列島の教会で洗礼を受ける少女を観たので採った。〈花道を戻る力士と目が合って素早く取り出す応援タオル/川名房吉〉力士の表情を想像させる。俵万智選〈長過ぎる会議が終わり菜箸のように机に腕を投げ出す/音羽凜〉細腕繁盛記である。〈志望校調査の締め切り近づきて眺めておりぬゆきあいの空/矢島佳奈〉時季であるし、混ざり合う感情の迷いの象徴でもあるゆきあいの空が見事。〈鼻くそをほじったことがないというアイドルそれはそれで汚い/たろりずむ〉微苦笑歌。黒瀬珂瀾選〈広辞苑に目指す語までの道のりを愛ある言葉に触れつつ進む/木下多佳子〉それが紙の辞書の楽しみ。〈囚一人コロナ禍の世に出所せりロックダウンに沈む獄より/長岡義宏〉誰だろう、暁の星。〈心電図の波の流れのとうとうと「ご立派」の声にふっと息吐く/小林貴以子〉ふっと漏れ笑い。心電図にかけられたいな、「ご立派」の声。

矢島渚男選〈野分雲ロシア兵脱走相次ぐと/高橋まさお〉ナポレオン戦争の景みたい。宇多喜代子選〈正門を出れば主婦なり秋刀魚買う/相沢明子〉外面をつける。正木ゆう子選〈右の角伐れば右眼の吊り上がる/萩原行博〉写生の巧みさ。〈大陸の風や礼文の大花野/細谷忠男〉景の巨大さが半球規模。小澤實選〈毒茸を付けて粛然たる巨木/深沢ふさ江〉もし人ならからだに毒が生えたらどんな気持ちになるのか。木にとってもそれは毒か。〈波に触れ羽強くなる帰燕かな/野畑明子〉人生の波濤を思う。