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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

渡部有紀子『山羊の乳』北辰社

小世界という愉しみ。〈夏休みドールハウスに世界地図/渡部有紀子〉ドールハウスに小さな世界地図がある。それを見て人形たちの旅を思う夏休みのささいな楽しみ。似た趣きは〈夜店の灯にはかに玩具走りだす/渡部有紀子〉や〈箱庭の夕日へすこし吹く砂金/渡部有紀子〉にも。小世界を愛でる。〈朝市の魚に歯のあり復活祭/渡部有紀子〉宗教臭くない生活のなかの魚だからこそ季語が活きる。同じ復活祭の〈均等に麺麭切る機械復活祭/渡部有紀子〉はたぶん13枚に切る。〈ジャム瓶の蓋は金色夏立ちぬ/渡部有紀子〉日常のちいさな発見。〈線細き信玄花押山眠る/渡部有紀子〉信玄と山は付きすぎかもしれないが、「線細き」が意外で佳句。〈移されて金魚吐きたる泡一つ/渡部有紀子〉世界の変化にたじろがぬ金魚が印象的。〈枇杷の花階段続く島の径/渡部有紀子〉枇杷の花で、傾斜地に建てられた漁村の密集具合を想像できる。家々のあいだを縫うように曲がり細い階段だろう。〈渡り鳥折紙にある山と谷/渡部有紀子〉折紙の山折りと谷折り、渡り鳥という季語を斡旋しただけで折紙という小世界を飛び回る鳥を思う。〈フラスコの底の結晶鳥雲に/渡部有紀子〉何の結晶かはわからないけれどフラスコの底にあるのは何か気体が飛び去って残った結晶で、それが季語と共鳴する。雲と塩と。〈ガチャポンの怪獣補充炎天下/渡部有紀子〉世界の隙間への着眼点がおもしろい。〈八月の折紙の裏みな真白/渡部有紀子〉確かに。今のカラフルな平和の裏にある真っ白な世界とは何だったのか、みんな忘れてしまっただけではないのか。

朝焼や桶の底打つ山羊の乳 渡部有紀子