ときどき読みたくなる今井杏太郎。〈うすらひといふつかの間の水の色/今井杏太郎〉薄氷は、水というはるかな時間にとって一瞬にすぎない。〈眠るなら紅梅の散る海がいい/今井杏太郎〉水葬されるなら。〈南より北へながるる春の川/今井杏太郎〉日本海へ注ぐのかなぁ。〈春風に吹かれて貨物船の来る/今井杏太郎〉帆船ではないけれど、ゆったりゆっくりと来る。〈眠らうとおもへば春の星の降る/今井杏太郎〉これでは夢なしに眠れないじゃないか。〈新緑のいろのこぼれを愉しみぬ/今井杏太郎〉「いろ」とひらいたのが良い。〈夜が明けてくる短夜の鳥のこゑ/今井杏太郎〉鳥が夜明けを繰り上げてゆく。〈風のある町を歩いて祭かな/今井杏太郎〉鯨ヶ丘の祭、丘の上の祭とかを思う。〈桑の実の色づきしよりうすぐもり/今井杏太郎〉桑の実はすこしくすんでいるね。〈湯の町に湯の川泰山木咲けり/今井杏太郎〉泰山木の花の荒々しい白が温泉街っぽい。〈いちにちがゆるやかに過ぎ草茂る/今井杏太郎〉いまではいろいろな意味に捉えられるけれど、ゆるやかに時間が過ぎてもそれは草にとっても同じ時間なのだろう。〈涼しさやむかしは水に影ありぬ/今井杏太郎〉あったのか?〈いつ見てもゑのころぐさの揺るるなり/今井杏太郎〉いつ見ても。〈きのふより葡萄のいろの濃くありぬ/今井杏太郎〉本当にきのふから?〈颱風の南から来るさびしさよ/今井杏太郎〉南のあそこのあたりはさびしい空だ。〈下総は背高泡立草のなか/今井杏太郎〉総の字は背高泡立草っぽい。〈こほろぎに透明といふ冥さあり/今井杏太郎〉透明にして冥いという不思議。〈霧をゆく人あり水になりながら/今井杏太郎〉人は消えてゆくのだろうか。〈仄暗き夜を虫売の帰るなり/今井杏太郎〉虫売にも帰る家がある。〈秋の夜は海の岬の空にあり/今井杏太郎〉岬は境い目にある。〈魴鮄に眼のあることの寂しさよ/今井杏太郎〉ある、でも寂しい。〈梟のこゑは信濃の山の風/今井杏太郎〉たぶんね。〈寒さとはかなしみに似る歩かねば/今井杏太郎〉一歩ずつでも進む。〈山よりもしづかに冬の滝の水/今井杏太郎〉滝は動いていないのかな、山にある唯一の音が滝と思うときもあったけれど。〈東京をあるいてメリークリスマス/今井杏太郎〉いいなぁ。道行くひとへちょっとメリークリスマス、なんて。〈いくつもの星が師走の空にあり/今井杏太郎〉ゆく年のさようならの数だけ。