以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

放送大学「文学批評への招待」第2章詩の分析(1)

学習課題1「一篇の詩を読むことと、一枚の絵画をみることでは、どのような体験の質の違いがあると思うか。800字程度で論じなさい」

一篇の詩を読むのと一枚の絵画をみるとき、詩は徐々に詩であることに気付くのに対し絵画は直感的に絵画であると気付くという点で違いがある。どういうことか。

詩も絵画もまず全体を眺めようとする体験に変わりはない。詩は何ページにも渡って続いていたら全体を把握してからとりあえずその詩がはじまっているだろうと判断できるページを探す。絵画は視界からはみ出すほど巨大ならまず視界に入る部分からみて、徐々に全体を把握しようとする。このように詩も絵画も全体を眺めようとする体験から始める。

しかし、鑑賞をはじめたときからすでに体験の質の違いが生じている。詩はどこがはじまりであれ、ことばを読み始めない限りそれが詩かどうか、他の文学作品や論文ではないかを判断しえない。なぜなら詩は読み進めていくうちにことばをめぐる不確定な感覚を発見する文学作品だからだ。題名から詩と判断して読み始めたら論理的に構成された学術論文だったという事態もおこりうる。これはことばのつらなりである詩を読むうえで避けられない体験だ。つまり詩は読み終わってはじめて詩と気付くし、もしかしたら詩と気付かずに読み終わるかもしれない作品なのだ。

一方で絵画をみるときは、複製か写真か、素材や目的は何であるかに関わらず、それが絵画であることは直感的に判断できる。最初から絵画として鑑賞することになる。