以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

玉葉和歌集の春

「春」部分を読む。〈木々の心花近からし昨日今日世はうす曇り春雨の降る/永福門院〉木々の花咲かんとする心を春雨に仮託している。そこに、作者の心もまた入りこむ。〈折りかざす道行き人のけしきにて世はみな花の盛をぞしる/永福門院〉「折りかざす」は貴族趣味のようであり、現代人には人工と自然の錯誤のおもしろさとも読める。花の枝を折る行為については〈枝しあらばまたも咲きなん風よりも折る人つらき花桜哉/前参議教長〉を参考に。〈散り積もる庭に光を映すより月こそ花の鏡なりけれ/源光行〉光の主客転倒がおもしろい。これが心の絶対優位と言葉の自由ということだ。もちろん現代人なら月が鏡に過ぎないことは知っているけれど。〈庭の面は埋み定むる方もなし嵐に軽き花の白雪/津守国助〉「埋み定むる方もなし」で白の躍動が伝わる。〈吹弱る嵐の庭の木の本に一むら白く花ぞ残れる/前参議家親〉「吹弱る嵐」の変化が「一むら」へ収束していく。