以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

玉葉和歌集の秋

若山牧水の「梅雨紀行」を読んだ日、「秋」部分を読む。〈尾花のみ庭になびきて秋風の響きは峰の梢にぞ聞/永福門院〉庭という近景と峰の梢という遠景とを同時に見て、聴いている。この近景と遠景を併置するのは〈我が門の稲葉の風におどろけば霧のあなたに初雁の声/伊勢〉も。〈山の端の雲のはたてを吹風に乱れて続く雁のつら哉/前中納言定家〉「乱れて続く」という動きの描写が壮大。空飛ぶ鳥は地を這う獣の数倍も数十倍も広がって散らばる。〈宵の間の群雲のづたひ影見えて山の端めぐる秋の稲妻/院御製〉「山の端めぐる」という雷光の動き、鮮烈だね。〈海の果て空の限りも秋のよる野月の光のうちにぞ有ける/従二位家隆〉と〈人も見ぬよしなき山の末までに澄むらんつきの影をこそ思へ/西行法師〉は月光の領域化についての歌だ。〈明石潟浦路晴れ行朝凪に霧に漕入る海人の釣り舟/後鳥羽院御製〉技巧はさておき、霧の海と晴れの海がこもごもするなかで霧へ突っ込む釣り舟の悲愴さが際立つ。〈衣打つ賤が伏屋の板間あらみ砧の上に月洩りにけり/醍醐入道前太政大臣〉「月漏りにけり」とは田園的で、写実的である。