新型コロナウィルス感染症が流行しているため翌日の名古屋出張が中止になったと知らされた日、鴇田智哉『凧と円柱』ふらんす堂を読む。〈あぢさゐへ通じる鼻のやうな道/鴇田智哉〉鼻毛の濡れる鼻腔のように、雨上がりで湿った道だろう。〈咳をするたびに金具のひかる家/鴇田智哉〉家のなかの化学反応と咳との因果関係を想起させる。〈まなうらが赤くて鳥の巣の見ゆる/鴇田智哉〉まなうらが赤いのは目を瞑っているから。なのに「見ゆる」のは連続するまばたきであり、それは親鳥のはばたき、でもある。〈蜜蜂のちかくで椅子が壊れだす/鴇田智哉〉蜂の翅音には破滅の予兆音が潜む。〈複写機のまばゆさ魚は氷にのぼり/鴇田智哉〉氷も日に光り、のぼった魚を複写するだろう。〈顔のあるところを秋の蚊に喰はる/鴇田智哉〉顔を喰はるとしなかったのは自分からは顔を見られないから。たぶん顔だろう、そんな感覚のあるところを蚊に喰われた。〈配管の寒さがビルをはしりけり/鴇田智哉〉配管の配とは何を配っているのかは知らないけれど、寒さを管が通ってビル中へくまなく通う。
二階からあふれてゐたる石鹸玉 鴇田智哉