以太以外

国は夜ずっと流れているプール 以太

鴇田智哉『エレメンツ』素粒社

〈海胆のゐる部屋に時計が鳴る仕掛/鴇田智哉〉は〈階段が無くて海鼠の日暮かな/橋閒石〉を思う、時間の流れと海洋生物と日だまりのマッハ哲学における感覚的関数みたいな。〈分銅を置きかへて日の深まりぬ/鴇田智哉〉これも安定した感覚のかたまりである分銅と相対的時間のつらなりを見せる。〈昔からうちつぱなしの空がある/鴇田智哉〉バブル期からある、ゴルフボールの打ちっぱなしでもいいしミサイルの打ちっぱなしでもいい。〈うすばかげろふ罅われてゐる団地/鴇田智哉〉団地の表皮は薄いのかと思う。〈壜にさすすすき電気のとほる家/鴇田智哉〉すすきの穂に静電気を思う。〈ぶらんこをからだの骨としてつかふ/鴇田智哉〉外骨として使えれば漕げる。〈石を組み合はせて夏の日を悼む/鴇田智哉〉墓石の原型を今も繰り返す。〈イヤホンを挿すと聞える合歓の花/鴇田智哉〉イヤホン系はこれでもいい、季語と有線で繋がなくてもいい。〈口あくと耳の具合のかはる秋/鴇田智哉〉「あく」だから春でも夏でも冬でもない。

〈うららかに手の持主が来るといふ/鴇田智哉〉手タレントのように手に人格のある人の。〈コンセントから蛤になる雀/鴇田智哉〉そのキッカケとしての挿し込み。

〈まるめろにあかるい会のひらかれる/鴇田智哉〉季語を擬態語のようにする。〈木犀のあばらを貰ひたくなりぬ/鴇田智哉〉今井杏太郎の風船のように犀の肋を暗示している。〈悴んで車輪のまはる筋の見ゆ/鴇田智哉〉灰色の寒さのなかに黒と銀の軌跡。〈冬凪へことごとくあく車輌の扉/鴇田智哉〉「ことごとく」は明喩を意識している。〈輪郭を日向の塵としてゑがく/鴇田智哉〉まぶしさのなかに見える人影は自らの視線が像を結ぶ。〈パノラマの寒さが手のひらにひらく/鴇田智哉〉「ひら」のリフレイン、「パノラマ」「ひらく」という縁語で季語をはさむ。技巧的。〈うららかに暮らした跡のあるほとり/鴇田智哉〉うららかには水の気配がある。〈水滴のおくゆきをゆく秋の蝶/鴇田智哉〉実体のうすくなる秋の蝶を思う。「おくゆき」は奥へ「ゆく」のだ。

オルガンの奥は相撲をする世界 鴇田智哉