以太以外

国は夜ずっと流れているプール 以太

毎日歌壇毎日俳壇2022年10月10日

伊藤一彦選〈左目は右目の景色を見れないが彼ら一対である凛々しさ/宇井香夏〉それひとつだけでも十分であるけれど一対であることで何かを全うできるものとして両目。そして、他にも。ちなみにこの人は加藤治郎一席にも〈JR千葉駅の南側にある暗い大きな口に呑まれる/宇井香夏〉が。暗い大きな口は住宅街の暗さかもしれない。〈近ごろはどんでん返しも多いのでまだヒーローを諦めてない/富見井高志〉悪役やわき役と言われているけれど、さいごのさいごでひっくり返すチャンスもまだ自分にはある。ちなみにこの人は米川千嘉子選にも〈魔法瓶ゆっくり冷えてくることが魔法であったころの温もり/富見井高志〉が。今は科学となり日常となった。そうではなかったころを懐かしむ。米川千嘉子選〈またしても馴染みの社名聞かされし五輪の闇の罪の深さを/宮崎雄〉俺たちのカドカワだろう。ただ五輪には「地・水・火・風・空」(五大)の意味もある。〈われもまた数多の傷を抱えつつ雹に打たれし梨を購う/深海泰史〉梨に自分を重ねる。加藤治郎選〈カステラをかすていらって言ってみる土曜の午後はそういう気分/後野まつり〉土曜午後であることが大事、スナックラジオでも聴きながら。〈愛情にもいろんなかたちがあり今夜あなたにあげたのは円錐形/中村育〉アポロチョコレートだったりして。篠弘選〈マジックショーの如く覆いを被せられ姿消したり給水塔は/富見井高志〉ひとつのノスタルジア劇として工事中や塗り直し中。〈病室が一階違ひの夫とは息絶ゆるまで面会できず/一戸光代〉じっと天井を見る。
西村和子選〈月見草防犯カメラ作動中/相沢恵美子〉防犯カメラもまた月見草を見ていたりして。井上康明選〈首塚に隣りし井戸の水澄めり/富田範保〉かつては首を洗っただろう水も澄む。片山由美子選〈種採りて百日草の色記す/水野雅子〉〈群生の菌や森にアニメ館/谷口弘〉わからないけれど群生の菌が宮崎駿っぽい。小川軽舟選〈みんみんや水ゆたかなる江戸古地図/阿部けい子〉堀や上水や川の多い江戸古地図。