学習課題2 ギンズブルグの論文「徴候」(『神話・寓意・徴候』第5章)を読み、推論的パラダイムの系譜について学んだ上で、それを、どうすればテクストの読解に生かすことができるかを考えよう。
推論的範例(パラダイム)は狩人の世界に起源を持つという。十九世紀後半、レルモリエフことモレッリは絵画の鑑定について「個性的な努力の最も弱い部分に個性が見出される」とした。モレッリの評論を読んだフロイトは「不必要なものや副次的な与件が真実を示す」と考えた。コナン・ドイルもモレッリの評論を参考にシャーロック・ホームズが活躍する探偵小説を執筆した。モレッリにフロイトにコナン・ドイル、彼ら三人とも医学を学んでいた。医学には症候学という、古代ギリシアのヒッポクラテス派により確立された方法論がある。十九世紀後半にこの症候学を基盤とする推論的パラダイムが現れた。この推論的パラダイムをテクストの読解に生かすためには三つの方法が考えられる。
文字数の分析
まずは文字数の分析である。これは文や文章の文字数を比較したり名詞・形容詞・助詞・助動詞などの頻度を算出したりする分析だ。この分析ではテクストが書かれた時期や意味を重視する度合いを計測でき、テクストの性質を推し量れる。たとえば前半と後半で文字数あたりの特定の助詞が使われる頻度が変化したのならば前半と後半とで書かれた時期に隔たりのあるテクストかもしれない。時期の隔たりについては次の単語の分析と合わせても考えられる。
単語の分析
次に使用された単語の分析である。例えば類似した意味を持つ単語や漢字のうちどれが使われているか(知恵か智慧か、座禅か坐禅か、イスラームかイスラムか、蝉か蟬か、花か桜か、人工言語か国際補助語か)でテクストのバックグラウンドとなる知識体系を把握し、テクストの志向を掴むことができる。たとえば「イスラム」という単語が使われたテクストはそれほどイスラームやアラビア語に詳しくない人の手によるテクストと判断でき、「エスペラント語」という単語が使われたテクストはエスペランティスト以外の手によるテクストの可能性がある。
不在の分析
最後は文脈上必ず言及されるはずなのに言及されなかった単語についての分析である。名数「三」が出され三のうち二は触れて残りの一つに全く触れなかったとしたら、作者にはそれを黙殺する何らかの理由があると解釈できる。とある株式会社に三つの地方支社があり社長文書が二つの支社の来期計画に触れて残りの一支社についてはその名すら上げなかったのならば、その支社には何か問題があり来期には廃止されるとその社長文書は予告していると解釈できる。
三つの方法を挙げたけれど還元主義的批評の傾向が強い。しかしテクスト解釈のために必要な情報を得られるだろう。テクストは「2001年宇宙の旅」の宇宙船のように宇宙に浮かんでいるわけではないのだから。ただ、いずれもテクストの内容で正当付ける必要がある。推論的パラダイムは強者が弱者を管理するためにも使えるし、弱者が強者へ抗するためにも使える。テクストを出し続ける者がいる限り有効な方法論だ。