以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

『宮柊二歌集』岩波文庫

牛乳を飲んだ日、『宮柊二歌集』を読む。〈かうかうと仕事場は灯の明くして夜深き街を旋風過ぎたり/宮柊二〉夜業のいつ果てるともない不安、心の荒涼。〈ちりぢりに空の高処をひかりつつ小鳥わたれり山は寒しも/宮柊二〉失意の地を睥睨するかのような小さき空飛ぶ生命たちへの羨望だろう。〈道の辺に片寄せ敷かれし貝殻をこの夜踏み帰るあやしきまで酔ひて/宮柊二〉貝殻の割れる乾いた音が酔いのあやしさを際立たせる。〈日蔭より日の照る方に群鶏の数多き脚歩みてゆくも/宮柊二〉数多き鳥脚の奇怪さ。〈つき放たれし貨車が夕光に走りつつ寂しきまでにとどまらずけり/宮柊二〉引力を失い、つきはなされた心よ。〈軍衣袴も銃も剣も差上げて暁渉る河の名を知らず/宮柊二〉ただ義務として機械のように渡る。〈ある夜半に目覚めつつをり畳敷きしこの部屋は山西の黍畑にあらず/宮柊二〉山西はさんしい、戦場がいつまでも脳裏を離れない。〈孤して椅子に倚るとき厨べに妻がいく度も燐寸擦る音/宮柊二〉無気力と隣り合わせの生活と。〈おとろへしかまきり一つ朝光の軌条のうへを越えんとしをり/宮柊二〉朝光はあさかげ、越えられたかどうかより、越えんとすることの方が大事なのだ。〈/宮柊二〉〈七夕の星を映すと水張りしたらひ一つを草むらの中/宮柊二〉星を映しかつ夜闇のなかに張られた盥の水という潤い。〈夜の汽車無くなりてよりレール更ふる作業の重き音のきこゆる/宮柊二〉夜間作業への、工夫への同情心がある。〈仰向きに芝生に臥せば青空のおくかも知れぬ青さわれを惹く/宮柊二〉青空の奥にある青色を見たかもしれないという淡い希望の尊さがある。〈休日の百貨店の側つやつやと油ひきたるごとき鋪道ぞ/宮柊二〉側はわき、なんてことない、寧ろつまらない景色も言葉の置き方ひとつで歌いあげる情景となる。「油ひきたるごとき」の鋭さ。〈硝子戸に額押しあてて心遣る深きこの闇東京が持つ/宮柊二〉「東京が持つ」という把握への感嘆、硝子戸にべったりと額の脂がこびりつくだろう。すっかり疲労した夜に。〈元日のしづけき時刻百舌群るる欅冬木に日のあたりゐつ/宮柊二〉元日の清澄と百舌鳥の血腥い音との対比がある。〈寂しかる空間や貨車と貨車つなぐ鋼の黒き連結器見え/宮柊二〉寂しいとされる空間に屈曲な黒鉄が見える、頼もしさ、いや恐怖か。

おとうさまと書き添へて肖像画貼られあり何といふ吾が鼻のひらたさ 宮柊二