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以太以外

青時雨ことばは水でできている 以太

山岸由佳『丈夫な紙』素粒社

蟋蟀だな。〈うすばかげらふ空に時計の針余り/山岸由佳〉残り時間をもたない虫と余った時計の針の対比がすごい。〈雪原の真下をとほる水の音/山岸由佳〉それは見えないけれど聴こえる。〈ストローを上る果肉や成人の日/山岸由佳〉狭き門より入ように成人した。〈蟋蟀に呑み込まれたる小学校/山岸由佳〉蟋蟀の音とまでは言わない。〈長き夜のスプーンに歌声を灯す/山岸由佳〉実際にスプーンに映ったのは歌い手の衣装の色かもしれない。〈白き蛾は夜景をはがれゆき北へ/山岸由佳〉夜景から夜景ではなく、夜景とは隔絶したものとしての北へ。〈恋猫の赤鉛筆を転がせり/山岸由佳〉赤へ恋が集約される。〈古着屋に鍵かけられて冬の鳥/山岸由佳〉古いヨーロッパの店みたいな構えの古着屋を想う。〈つばくらめ川を下つてゆけば歌/山岸由佳〉流れに身を任せたとき、水と風との摩擦が歌になる。〈暑き日の草叢メロディオンへ息/山岸由佳〉近所に鈴木楽器製作所がある。こども時代の思い出のような草「息」れ。〈本入れて鞄の深くなる夜寒/山岸由佳〉腹と背のくっついていたひんやりとした鞄が本で広がる。旅の準備だろう。〈凩に振るポロライド写真の海/山岸由佳〉印画紙に灰色の海が定着していくのだろう。〈手から手へ硬貨ながるる蛍の夜/山岸由佳〉小さな嘘としての硬貨と小さな星としての蛍の対比がおもしろい。

 

丈夫な紙

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