以太以外

辷り台に脚を忘れた虫の闇/以太 ※リンク・引用自由

所以22

  • 女子トイレ研究家は女子も便器を、特に便座の裏を汚すと喝破するだろう。
  • 科学(医学)が未発達な時代や地域では、豚食で食中毒になる人が多いから、同性愛で感染症に罹る人が多いからという経験則から導き出された伝統により豚食や同性愛を禁じた。
  • 伝統がその共同体を存続させてきた歴史が伝統をそのものを強固にする。
  • 神道の穢れ概念も、高温多湿な日本では清潔にしておけばお腹が痛くなりにくいという経験則から導かれた伝統だろう。
  • 科学(医学)の解像度が上がれば次第に伝統は迷信として退けられる。
  • 今まで分からなかったのだから今も科学でも分からないことはあると思えば右派になるし、すでに科学は全て分かるという態度なら左派になる。ただ河豚の卵巣の糠漬けは未だ伝統的な製造法が守られている。
  • 六〇年安保を契機に出発したアンダーグラウンド演劇は、共産党=新劇からの別党コースを採ったことと相即して、自らをルンペンプロレタリア的なジャンクと規定したところに、その新しさがあったと言える。(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫
  • 〈 手紙は宛先に必ず届く 〉というジャック・ラカンのテーゼ、〈 手紙は宛先に届かないこともありうる 〉というジャック・デリダのアンチテーゼ。
  • 無事に生還した爆撃機の被弾痕の位置傾向を見てどこの装甲を増やすか問題と露出の少ない地味な服装の女性が痴漢被害に遭いやすい問題。
  • 猪俣は新潟の長岡の出身。十六歳くらいで碧梧桐門下の新体詩人「鹿語」として知られ、『三千里』にも登場した。ちょうど新潟にさしかかって長岡に滞在していた時に大須賀乙字の「新傾向俳句」の宣言案が届き、鹿語のシュールレアリスムのような俳句はそれにぴったりだった。東京に行ってから猪俣は根岸に入り浸った。子規の後を常識的な高浜虚子が継ぐか新傾向の碧梧桐が継ぐかで緊張があった。しかし結局彼は留学の道を選び、ウィスコンシン大学に入った(猪俣津南雄についての津村喬文章より)
  • 暴力否定が国家否定につながることは、実に見やすい論理である。(三島由紀夫反革命宣言補註」『文化防衛論』ちくま文庫
  • では、その、少数者意識の行動の根拠は何であるか。それこそは、天皇である。(三島由紀夫反革命宣言補註」『文化防衛論』ちくま文庫
  • 武装平和を主張するその一人が、日本は非武装平和に徹して、侵入する外敵に対しては一切抵抗せずに皆殺しにされてもよく、それによって世界史に平和憲法の理想が生かされればよいと主張するのをきいて、これがそのまま、戦時中の一億玉砕思想に直結することに興味を抱いた。一億玉砕思想は、目に見えぬ文化、国の魂、その精神的価値を守るためなら、保持者自身が全滅し、又、目に見える文化のすべてが破壊されてもよい、という思想である。(三島由紀夫「文化防衛論」『文化防衛論』ちくま文庫
  • 憲法九条護憲死守の思想は一億玉砕思想に直結する。
  • 日本文化の三つの特質、再帰性(文化はただ見られる者ではなく、見る者でもある。)と全体性(文化は「菊と刀」としてまるごとの容認)と主体性。
  • 左右の全体主義の文化制作発表、文化主義と民族主義の仮面を巧みにかぶりながら、文化それ自体の全体性を敵視し、つねに全体性の削減へ向うのである。言論自由の弾圧の心理的根拠は、あらゆる全体性に対する全体主義の嫉妬に他ならない。全体主義は「全体」の独占を本質とするからである。(三島由紀夫「文化防衛論」『文化防衛論』ちくま文庫
  • 今もなおわれわれは、「菊と刀」をのこりなく内包する詩形としては、和歌以外のものを持たない。(三島由紀夫「文化防衛論」『文化防衛論』ちくま文庫
  • 《ことばの使い方のすべてをすべての人に》、これこそうつくしい民主的ひびきをもったすばらしいモットーだとわたしは思う。だれもが芸術家であるからではなく、だれもが奴隷ではないからである。(ジャンニ・ロダーリ、窪田富男訳『ファンタジーの文法』ちくま文庫