以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

放送大学「文学批評への招待」第9章精神分析批評(2)

学習課題2 ギリシア悲劇ソフォクレスの『オイディプス王』を読み、この悲劇が現代人にも感動を与えるとすれば、どこにその理由があるかを考えてみよう。

現代人はもはや近親相姦の禁忌や父殺しくらいでは心を動かされない。『オイディプス王』はエディプス・コンプレックスの解釈では不十分な作品となった。しかし強大な運命に打ちひしがれた人が、その生の一瞬に示した自由意志の輝きには現代人も感動しうる。
スフィンクスの謎解き英雄であるテーバイ王オイディプスは飢饉に苦しむテーバイを救うため、神託に従い前王ライオス殺しの犯人を「全力を尽くして」捜査・前王の仇である犯人を追放すると言う。「さもなくば破滅だ」と誓う。しかし盲目の預言者テイレシアスに「おまえが犯人自身だ」と言われてしまう。また王妃イオカステから前王ライオスが殺された現場の位置を聞かされ、さらに目撃者の話を聞き、前王ライオス殺しの犯人が自分であることを悟る。それでもデルポイの神託「母親と交わって、人が目をそむけるような子らを生み、実の父親を殺すだろう」については、オイディプスの父王であるポリュボスの死の報せを受け、その神託は成就しなかったとオイディプスはひとまず安堵する。しかしすぐに使者からポリュボスはオイディプスの父親ではないと知らされ、様相は逆転する。さらに前王ライオスに仕えていた羊飼の証言と踝の古傷という秘密の暴露によりオイディプスデルポイの神託が成就したことを認知する。前王ライオスを殺したばかりかその前王ライオスが自分自身の父親であり神託の通りに父殺しを犯し、王妃イオカステは自分自身の母親でありその母と交わったとオイディプスは否応なしに知る。神託や踝の古傷という形で匠みに張られた伏線が時間をおいて回収されていく。その度にオイディプスの感情はジェットコースターのように乱高下する。登場時はスフィンクスの謎解き英雄だったオイディプスは両眼を潰した悲運の人へ身をやつし退場する。
抗いきれない運命に翻弄される事態は現代でも起こりうる。多くは運命を呪うだけだ。しかし悲運の人オイディプスは自ら両眼を潰し自らを追放した。なぜなら自らを罰することだけが運命へ抗うために示せる唯一の自由意志だからだ(オイディプス「ありとあらゆる苦しみを私に与えたのはアポロンだ。だが、目を潰したのは、ほかならぬ私自身」(河合祥一郎オイディプス王光文社古典新訳文庫)。スフィンクスの謎解きではないけれど四本足のときは羊飼に救われるだけだった彼はそれからずっと自分の二本足で歩き続けてきた。終幕近くにクレオンは言う「すべて思いどおりにはならぬ。すべてを意のままにできるオイディプスは、もはやいないのだ」と。しかし悲運を呪うだけではなく再び自分の両脚で歩みだしたオイディプスの強さに、現代人は感動するだろう。

自らの呪いを自らに受け、自らその身を追放する