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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

川野芽生『Lilith』書肆侃侃房

ある晴れた日、「Lilith」を読む。〈夜の庭に茉莉花、とほき海に泡 ひとはひとりで溺れゆくもの/川野芽生〉近くの白い茉莉花に遠い海音を聴くかのような思考がある。溺れるのは誰かの言葉ではなく自分のそんな思考ゆえに。〈しろへびを一度見しゆゑわたくしは白蛇の留守をまもる執政/川野芽生〉しろへびは生物、白蛇(はくじゃ)は神。見た驚きをずっと持ち続け増幅させること。〈ぬばたまのピアノを劈きひとの手はひかりの絡繰に降り立ちぬ/川野芽生〉言葉だけで成り立つ世界がある。〈凌霄花は少女に告げる街を捨て海へとむかふ日の到来を/川野芽生〉映画「リリイ・シュシュのすべて」の津田詩織の庭に咲いていたのも凌霄花だった。〈書架の間を通路と呼べりこの夏はいづこへ至るためのくるしさ/川野芽生〉苦しさは夏の暑さというより学問の先の見通しの少なさ。いくら通路をまっすぐに歩んでも。〈海といふ肌理あらきものを均さむと波生れて海を覆ふに足らぬ/川野芽生〉「覆ふに足らぬ」は大きなものへも緻密に捉えようとする姿勢を感じる。海の把握は〈陸といふくらき瘡蓋の上を渡り見に来ぬ海とふ傷を/川野芽生〉も。〈月は馬具 そを光らせて渡りゆく影の騎り手に帰路はあらざる/川野芽生〉月と乗り物の発想は船からだろう。海の民ではなく大陸の騎馬民族の貴族性を思う。〈ほんたうはひとりでたべて内庭をひとりで去つていつた エヴァは/川野芽生〉イブはオイディプス王のように自らを追放した。蛇にそそのかされたのではなく自らの意志で。〈誰か言へりひとは死ののち白鳥に喰はするための臓腑を持つと/川野芽生〉ずっとその臓腑を温めて生きて死にますように。

つきかげが月のからだを離るる夜にましろくひとを憎みおほせつ 川野芽生

 

Lilith

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