以太以外

辷り台に脚を忘れた虫の闇 以太

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

〈癌のなかにゐずまひ正してきみはありゐずまひはかなし杏子のかをり/渡辺松男〉医師は杏林ともいう。最後の「杏子のかをり」の調べにクラっと来る。〈死後の永さをおもひはじめてゐるわれはまいにち桜はらはらとちる/渡辺松男〉数十億年の孤独に。〈黒煙を鴉と気づきたるときに鴉の多さに黒煙のきゆ/渡辺松男ブラックスワンのように黒煙がふっと消え鴉に変わる瞬間がある。〈ひかりほどせつなきものはなきものをみえざる雪を背おふ白鳥/渡辺松男〉見えないものを表現してくれる。〈とうめいなペットボトルはとうめいな水みたされてさへづりのなか/渡辺松男〉囀りのザワザワ感が粒子となり透明になってペットボトルにおさまる。きらきら光っている。〈はつなつのとほいみ空にゐる
ひとが降りてきてここ麦の穂の波/渡辺松男〉あの人にまた会える。〈すでに吾の非在なる世か目のまへのたんぽぽまでが無限に遠い/渡辺松男〉こういう感覚が尊い