以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

景のつくり方

山羊を見た日、『田中裕明全句集』ふらんす堂の「花間一壺」部分を読む。〈天道蟲宵の電車の明るくて/田中裕明〉宵という暗のなかに車窓の明のある「宵の電車」、それに赤地という明のなかに黒点の暗のある「天道蟲」の比較。もしかしたら害虫の天道蟲かもしれないけれど一句に二つの対照が並べられている。〈濁り鮒人に逢はねば帰られず/田中裕明〉「濁り鮒」は負の感情や義務感を表すために直感で付けられた季語だろう。実景としてあるわけではないけれど、心象には濁り鮒が確かに泳いでいる。そういう景の拵え方がひとつの魅力となっている。〈かもめ飛び春服ひくく吊られける/田中裕明〉景のつくりかたとして「ひくく」は安直である。しかし夏のような大空ではなく手近な範囲の春としてかもめを低く飛ばすため、春服はひくく吊るされた。〈ほとほとの卯の花腐し海の寺/田中裕明〉木製のものにものの当たる音「ほとほと」が良い。「卯の花腐し」という季語の斡旋が海にほど近い寺の潮風にすぐ朽ちる柱などを思わせる。たとえば、漁民の寺かもしれない。〈落鮎や浴衣の端の黄を好み/田中裕明〉落鮎といえば錆色だけれど、鮎なので黄色が目に残るということか。「浴衣の端の黄」とは消えゆく名残りの表現だろう。〈貝寄風のむらさきいろに装釘し/田中裕明〉「むらさき」は高貴な色、大阪あたりの人が春との訪れとともに密かに数冊の自費出版詩集を紫の上質な紙の装幀で編んだら、ひとつの音楽のようではないか。

行春のはばたきふかき空にあり 田中裕明