以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

感覚の不一致

各都府県に緊急事態宣言が発令されているなか、『田中裕明全句集』ふらんす堂の「櫻花譚」部分を読む。〈宿出でててもとさびしき春日傘/田中裕明〉春日傘があるはずなのに「てもとさびしき」はその人が春日傘を差しているのではなく連れが差しているから。「てもと」が情感めく。〈峰雲や櫻のはだのつめたきに/田中裕明〉一季節前の花盛りを峰雲から連想せざるをえない。櫻の木肌に置いた手の感触に湧き上がる思いは夏空へのぼる。〈京へつくまでに暮れけりあやめぐさ/田中裕明〉現代でもいい、初夏に内陸のやや繁華な地方都市へ辿りついたときの感覚が甦る。それは飯田へ辿りついたときの寂しさとも前橋へ辿りついたときの寂しさとも少し違う寂しさのはず。事象の感覚と必ずしも一致しない感覚をもつ季語を斡旋する。そのとき生じる感覚のズレが飽きのこない俳味となる。〈落鮎はむらさきの木のなかをゆく/田中裕明〉木の繊維を泳ぐのではない、樹間をゆく。「むらさきの」とは記憶の美化された色だろう。〈額の花つれきし人は音もなし/田中裕明〉「つれきし人」は額の花のように瀟洒で繊細な色遣いの人、「音もなし」は額の花そのものではないけれど、ありようは確かに「額の花」感覚の円周に接するあたりにある。〈小さくて全き六腑水温む/田中裕明〉幼児の臓器について、だろう。なぜあの小さいなかにすべてが詰められたのか。幼児の臓器がもつ滑らかさの感覚と「水温む」のあいだにある感覚のズレが楽しい。

歯朶を刈ることに星ぼしめぐるやう 田中裕明