以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

「海の声」『若山牧水歌集』岩波文庫

鳶の飛ぶ諏訪湖を見ながら「海の声」部分を読む。〈白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ/若山牧水〉「青」と「あを」を書き分けたのは空と海の色の違いによるものだろうけれど、やや理屈っぽいかもしれない。俳句なら同じ漢字を使う。〈海明り天にえ行かず陸に来ず闇のそこひに青うふるへり/若山牧水〉や〈海の声そらにまよへり春の日のその声のなかに白鳥の浮く/若山牧水〉の方がごつごつしているが、神々しい。〈夕海に鳥啼く闇のかなしきにわれら手とりぬあはれまた啼く/若山牧水〉は〈淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのに古思ほゆ/柿本人麻呂〉を思わせるかなしさ。〈片ぞらに雲はあつまり片空に月冴ゆ野分地にながれたり/若山牧水〉は野分に動く雲という巨大な景を描く。それにしても「片ぞら」「片空」で書き分ける必要はあるのだろうか。〈春の夜の匂へる闇のをちこちによこたはるかな木の芽ふく山/若山牧水〉闇に潜在する匂い立つような生命力について。〈幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく/若山牧水〉長野県の山を巡るときとは違う感じが中国山地を巡るときにはある。歴史の感覚と神話の感覚と。そして〈旅ゆけば瞳痩するかゆきずりの女みながら美からぬはなし/若山牧水〉は旅詠らしさがある。